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気がつけば、しばらくぶりの皿ヶ嶺へ その3
2020 / 05 / 04 ( Mon )
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山頂から竜神平に戻ってきました。

身体も冷えたので、お昼ご飯の支度は小屋の中で始めました。

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愛媛大学山岳会竜神平小屋の入口。

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無人の小屋で、誰でも宿泊、休憩利用が可能です。

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ドア横の温度計は8度と、山頂より2度、低めです。

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小屋の中はシンプルで、左が二段ベット、右にテーブルセット。

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新しめのテーブル、大人数でも大丈夫。

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いつかは泊まってみたいベッド。

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入って正面の棚には備品など。

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発煙筒や絆創膏もありました。

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ノートのシリアルナンバーはまだ「No.1」。

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お願い、と云うか、最低限のマナー。

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蚊取り線香や、誰かの落とし物だろう、リモートスイッチ器具。

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さすがに、小屋の中は暖かい。

ちなみに、小屋の利用は自由ですが、使用料はチップ、カンパ制です。
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入口わきに鳥の巣みたいな料金箱があります。

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使用料100円、泊まりは500円をお願いします。

僕は100円入れて、お昼ご飯の支度です。

支度と云っても、お湯湧かしてカップラーメンの類いですが。

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コンパクトなこのバーナーを使ったのも久しぶりすぎる。

食事は外でします。
お湯を沸かす間に準備。

今回、登山靴を新調したほかに、新しく手に入れたものを持ってきてます。
折りたたみのイスです。

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こんなバッグのなかに、
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ポールの骨組みとシートが入ってます。

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テントのポールみたいに、パイプの中がゴムで繋がっていて、
穴に差し込んだり、ポール同士を繋いだりすれば、
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秒で骨組みが完成します。

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ポールの先端4カ所にシートの四隅を装着すると、
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イスのできあがりです。

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一応、150キロまでは耐えられるそうです。

これ、中国通販で買いました。
2000円ほどと格安です。
が、そこは中国通販、到着に2週間以上、かかりました。

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沸いたお湯を注いで、しばし、休憩。

フタの重し代わりに載せてるお箸も中国通販で買ったものです。20200417_0125.jpg
ネジで連結する携帯用のお箸です。
ケースも付いて300円ちょっとでした。

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今日のお昼ご飯。

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こんなロケーションでいただきました。
インスタントでも最高のお昼ご飯でした。

誰もいない、ひっそりとした湿った草原をぼんやり見てると、
下界の厭なことを少しの間、忘れることができました。

もっと早い時間に来てれば、正面の森の中を歩く遊歩道も楽しめたなぁ。

さらに云えば、もっと数日早ければ、真っ白な雪原を見られただろうに。


さて、このタイミングで、新調した靴の話もしておきましょうか。

皿ヶ嶺に数年ぶりに来たように、僕はしばらく、お山歩していません。
仕事が忙しくなったのが一番の理由なのですが、
ほかにいくつかある理由のひとつが、登山靴がない、でした。

愛用していた靴が劣化してしまい、代わりの靴をずっと探していました。
でも、値段とか機能とか、自分にあれこれ言い訳して買えずにいました。

前から気になっていた靴はありました。
靴と云うより、機能、です。
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買ったのは、大型店舗で売ってるサウスフィールド。

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靴紐がダイヤル式です。
スノーボードのブーツなどにも使われている機能で、
気になった瞬間に数秒で締めたり緩めたりできるものです。
脱ぐときも秒で、履くときも秒で、楽ちんです。

でも、新しいものを試すのは結構勇気がいります。
それも、街履きじゃなく、登山靴です。
お山の中で小さなことでも、なにかあったら、結構、へこたれます。
ワイヤーは細く、切れそうな気もするし、
ダイヤルも岩にぶつけたりしたら、すぐ壊れそう。

なので、故障したときのため、換えパーツをすでに取り寄せてます。
ちなみに、交換パーツは無料、送料も急がなければ無料でした。

履いてみた感想は、悪くなかったです。


ぽつり、ぽつり。

雨雲は待ってはくれませんでした。

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キレイにお片付けし、撤収。

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簡易なロックをして、小屋にお別れ。

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竜神様にも別れのご挨拶。

また、来られますようにと。

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なにか忘れ物をしたような気がして、幾度か振り返る。

でも、違和感の正体は背中のリュックと心が少し軽くなっただけ。


上林公園からの道をたどり戻ります。

どんどんと、高度を下げて行きます。

下界に戻るときの後ろ髪を引かれる、なんとも云えない寂しい気持ち、
ああ、こんな感じだったなぁと、思い出しながら。

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バッジか、ストックのリングか、誰かの落とし物かと思ったら、
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キノコでした。

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紫色の花。

風穴まで下りました。
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行きしに覗いてなかったと思い、
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石積みの中をちらり。

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路駐してたクルマ2台もとっくにいません。

バイクのシートは雨で濡れてました。

公園へ下って、トイレタイム。

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新しいトイレができてました。

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凍結の恐れがあるので、手を洗う水は外のポリタンクで。

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なかはとても清潔です。

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公園は標高が高い分、サクラは咲き始めたばかり。

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白い大きな花を咲かせる木。

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いのとん。

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そして誰もいなくなった…。

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と云うわけで、久しぶりの皿ヶ嶺でした。

あんど、

ブログも久しぶりでした。


久しぶりすぎて、誰も更新に気がつかないだろうなぁ。


ではまたいつか。

いや、出張したときに登った丘とか、書いてみようかな。

自粛ムードでヒマだから。


では。



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12:27:25 | コメント(回答)(2) | page top↑
気がつけば、しばらくぶりの皿ヶ嶺へ その2
2020 / 05 / 04 ( Mon )
数年ぶりに登った皿ヶ嶺。

家を出たときは、上林公園でお昼ご飯だけして帰るつもりでした。

それがいつのまにか、竜神平まで来ちゃってます。

ならば…。

ということで、20200417_0046.jpg
上林側の丁字路から山頂へ向かいます。

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歩き始めは植林帯。
数年ぶりぐらいじゃ、景色はそんなに変わっていない気がします。

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林の中にもところどころ、雪が残っていました。
一足ごとに気温も下がってきています。

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傾斜が急にアップします。

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露頭した大岩目指して登ります。

登山までする気がなかったので、ちょっと厚着してるせいで、
汗が蒸れてきそうになってます。

冬の汗は、身体冷えの原因。
登るペースをちょっと落としました。

でも、このとき、九州上空にいる雨雲が確実に近づいている状況だったので、
カメラ撮影以外に休むヒマはありませんでした。

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崖状の大岩の上に出ました。

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曇り空の下の道後平野が見下ろせました。

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興居島まで見えるので、雨雲はまだ来てないようです。

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植林帯が終わり、自然林へ。
ササの間の踏み跡をなぞって行きます。

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記憶では、竜神平から山頂は、指呼の距離な気がしていたけど、
まだまだ着かない、まだ歩き始めたばかりです。

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ときどき、踏み跡がふたつに分かれてたりします。
先で合流するので、歩きやすい方を選びます。

誰かのショートカットか、けもの道か、
そこに降った雨が流れて表土をえぐり拡げて、道のようになります。

…と、そんなときでした、突然、前方が開けたのです。
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あれ? なに、この見たことのない拡がりは?

森が切れたところに、見覚えのある道標が立ってました。
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四方を指し示す道標が立つここは、十文字峠でした。

山頂は左折、引地山は右折、久万六部堂方面は直進。
十文字峠から先は久万高原町。
と云うわけで、
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あっさりばっさりすっきりと、久万高原町側の林が伐採されていたのでした。

いやはやなんとも、驚きました。

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右に伐採地を見ながら、なだらかな尾根を登ります。

この日の風はあまり強くなくて助かりました。

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それにしても久万側は空が広いです。

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日当たりよさそうな斜面だけど、気温が低く保たれたせいで、
溝のような登山道に雪がかなり溜まっています。

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時間があれば、あの小ピークにも上がってみたかった。

やがて伐採地が終わり、再び、自然林の中へ。

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道の脇に皿ヶ嶺三角点があります。

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ふきのとうみたいに顔を出してます。

以前は、三角点=山頂のイメージを持った人が残した、
間違った山頂標もありましたが、いまは一切、見当たりませんでした。

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三角点まで来れば、山頂はもう少し。

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残雪も厚くなりました。

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今年最後の雪の感触を楽しみながら、惜しみながら登ります。

やがて、ある予感がしてきます。

山頂が近い予感が。

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奥はもう、皿ヶ嶺山頂です。

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とうとう、山頂まで来てしまいました。

山頂は数年前とほぼ、変わっていません。
手作りなベンチが増えてるだけ。

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見える景色もそのままです。

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久万の町を見下ろして。

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山頂標。

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我々には当たり前ですが、こんな短時間で標高1000m越えできる環境は、
都会の人たちからしたら羨ましい限りでしょう。

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気温は10度。

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松山市側を遠望。

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まだ興居島が見える。

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久万の六部堂へ下れる道。

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畑野川方面への登山道。

さて、濃い雨雲はまだだけど、気まぐれな雨粒はすでに落ちてきています。
山頂での長居は許されない状況のようです。
それに、お昼ご飯すらまだだったので、
早く竜神平に下って空きっ腹を満たしたい。

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登ってきたのとは別ルートで竜神平へ下ります。

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こちらのルートはぐんぐん高度を下げて行きます。

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雪原っぽい残雪があったので、ちょいと寄り道。

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雪の深さはこれくらい。

この日、履いてきた靴は、買ってきたばかりの新品です。
皿ヶ嶺に行きたくなった理由は実はもうひとつあって、
それは登山靴を新調したことでした。

新しい靴については、後ほど、紹介します。

さて、このルートですが、ところどころ、倒木に邪魔されました。
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それも、手すり代わりのロープがあるようなところに。

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慎重にまたぎ、ぬかるんで滑る急斜面を降下。

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今度は緩やかなところで、ばったり。

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根っこからおげて倒れてます。

あ、「おげる」は完全に方言ですよね。
掘り起こす「おがす」の「おげる」。

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森の中の雪も薄くなってきました。

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確実に下りつつも、ちょこっと上り傾斜も。

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それでも下りは登るより楽ちんで、足も軽く速い。

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あっという間に、竜神平と畑野川分岐まで下ってしまいました。

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分岐の道標。

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下ってきた道を振り返って。

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こちらは畑野川への道。

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竜神平小屋はもうすぐです。

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雲がかなり厚くなり、森の中は暗くなってます。

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小屋に帰ってきました。

さあさ、やっとこさ、お昼ご飯だ。

つづく。




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気がつけば、しばらくぶりの皿ヶ嶺へ その1
2020 / 04 / 18 ( Sat )
前に皿ヶ嶺に行ったのはいつだったろう?

ほぼ毎日、見上げているし、出張の際は麓の自動車道から遠望してる、
季節毎、時間毎に姿を変える、でも、変わらずそこにいるお山。

久しぶりに訪ねたのは、生憎の曇り空の下。
それも、九州上空に猛烈な雨雲が控えている状態。
遅くとも夕方までには降る予報の、そんな日。

前日、西条まで買い物に出かけ、その道中、皿ヶ嶺が見えていました。
桜が花吹雪を舞い散らせているというのに、山肌の所所が白い。

いつ積もった雪だろう?

例えわずかで、雪はとても魅力的、誘惑されてしまいます。

そうして、皿ヶ嶺に行く気になりました。
でも、登る気はまったくありませんでした。
風穴のある上林公園でお昼だけして帰るつもりでした。

さくっと用意して家を出たのも、ほんのお昼前のことでした。

どんどんと近づく皿ヶ嶺。
つづれおりの坂道をゆっくり上ります。
カーブをひとつ抜ける毎に、決心がついてきます。
上林公園に着いたときにはもう、登る気満満でした。

だから、登山に必要なもの、持っていきたかったもの、結構、忘れてきてます。

ストック持ってこなかったのが一番、痛かったかな。

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登山者らしきクルマが2台、駐まってました。

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路肩に、わずかに雪。
上に行けばもっと…、と期待するのは当然。

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雪に逢いに、上へ。

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風穴の辺りは以前、来たときと変わらず。20200417_0005.jpg
小屋や穴は帰りに寄ってみることにして、
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さあ、登山開始。

このときはまだ、竜神平まで行くつもり。
山頂までは行くつもりがありませんでした。

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昨年の豪雨で、流しそうめんやってる水の元から上林峠に至る登山道がNG、
これはそのお知らせ。

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人なんかより寿命のある樹木は、数年ぶりでも変わらない。

この変わらなさのなかに、森が「おかえり」って言ってくれてるような、
温かさを感じるのは、僕だけでしょうか。

地面が土に変わった辺りで、ストック、やっと思い出し、ぷち後悔。

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何度かジグっとザグっとしてたどり着く、途中にある、引地山分岐。

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新しい道標できてますが、白い道標、表示が紛らわしい。
右方向のものは右に、左方向のものは左に、杭を境に書き分けるべき。
ぱっと見、右が山頂方向だと誤読を誘発しやすい。
右に行っても、そりゃ、山頂に行けるけど。
もしくは、「皿ヶ嶺」の表示は割愛もありか。

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急登だった引地山ルートは、歩きやすく改良されたみたい。
急登と云うより、直登だけど。

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僕は竜神平方面へ。
道端に残雪が点点と目立ち始めました。
気温も低下中ですが、上下とも防風な格好してきたので、暑い。
汗をかく前に、ジャケットを脱いで腰に巻きました。

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大きな倒木が道を塞いでました。

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根っこからでなく、幹の途中で折れてます。
冬の間に、一体、どんな力が加わったというのでしょうか?

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次の倒木は、枝が邪魔で、またいで通るのも厄介でした。
幹に乗ったはずみで倒木全体がずり落ち始めたりしないか、
想像しながら通過しました。

この先、あちこちで倒木と出会います。
春はまだ来たばかり。
倒木処理のボランティアの入山はまだ先かな。

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ひとつ目の谷を通過。

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標高増した分、雪の多いふたつ目の谷。

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雪止め水が盛んに流れて、一部は登山道を洗ってます。

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ここに来て初めて、登山道を覆うほど残雪、でも、薄い。
道幅狭いので、左の谷に滑り落ちないよう、ゆっくりと。

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ロープのある急段では、よりによって倒木が邪魔をする。

そんなこんなを、でも楽しんで歩いてる。
行く先々で、「ああ、こんな道だった、景色だった」と思い出しながら。
「そろそろ○○かな」と思ったら、全然、まだだったり。
しばらく、お山歩してなかったのに、ちゃんと歩けてる自分を褒めたり。

で、ようやく、この辺りで一番見覚えのある、
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ブナ爺、ブナ婆の名で覚えてた古木のある尾根へ。

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階段の先にある谷側の古木は、少し痩せてたけど、昔のまま。
「ただいまです」と挨拶。

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ベンチは、基礎の土がかなり洗われちゃってました。
押すと簡単にぐらぐらしたので、座るとき、もたれるときは要注意。

で、山側の古木は、と目をやると、
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ない。
当時でもキノコが生えていたりしたので、倒れてしまったのかな、
そう残念がりながら歩き始めたら、
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大いにほじくり返された樹の破片が、ササ藪に散らかっていました、
この残骸があの古木なのかなぁ。
まるで、カブトムシハンターにほじくり返された倒木のように。
だとしたら、少し哀しい気持ちになりました。
古木を知ってた僕にとっては、遺体損壊に近しい行為なので。

ここを超えると、ジグザグ道はもう標高を稼ぐのをやめます。

針葉樹の立ち並ぶ学習林の端をゆるゆると歩きます。
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奥に結構、雪があるのが見えました。
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森に日差しを遮られ、溶け残った雪が、まあまああるみたい。

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そして、竜神平の入口分岐に到着。
奥は、上林峠・湿原周回コース。
竜神平や山頂は、分岐を右に曲がり、
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ササがキレイに刈られたルートを進みます。

前方から話し声が聞こえたと思ったら、女性数名のグループとすれ違いました。
ちなみに、この日は合計3組の下山者とすれ違いました。

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地面が平らなので、大きな水たまりができてます。

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水たまりゾーンを抜けたら、背の高いササが終わり、竜神平が顔を出しました。
昔のままの風景が拡がっていました。
ササの上に残雪がわずかにこびりつくようにしていました。
日当たりよさそうだけど、標高のおかげで解け残ってるようでした。
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山頂ルートの分岐丁字路。

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水たまりもできてぬかるんでます。

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新しい道標もできてました。

そこから目と鼻のさっきにあるのが、
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竜神平のランドマーク、山小屋と祠です。
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まず、祠にお詣り、ご挨拶。

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長いこと、ご無沙汰いたしました。
またお山に来られたことを感謝です。

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愛媛大学山岳会竜神平小屋。
壁が新しくなってます、ちょっと手直しされたみたい。

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小屋前の休憩スペース。
手作り感のあるテーブルセットが増えていました。

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山頂方向を見て。


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すっかり草原化しましたね。
竜神平は、以前、竜神平湿原とも呼ばれていました。
昔は水をたたえた湿原でした。
昔はと云っても、僕がここに来だした頃には湿原らしさはとうにありませんでした。
湿原だったのは、皿ヶ嶺が登山者に愛され始めた頃の話です。
日々、乾燥化が進み、いまではほぼ草原です。
これは温暖化とか人の手が加わったからではありません。
湿原はやがて草原化し、木木が侵入し、森となっていくのは自然な流れなのです。
湿原の前は池や沼でした。
そこに泥炭などが沈殿し、湿原となります。
大きな時の流れから見れば、湿原はほんの一瞬の姿なのです。

なんてことを、この風景が思い出させてくれました。

さて、さて。

今日、最初の思いつきは、風穴の公園でお昼しようと思ったことでした。
公園に着いたら着いたで、お山に向かう足を止めることができず、とうとう、竜神平まで登ってきてしまいました。

さてさて、どうする?


つづく。










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忽那山へ行こう! そのに
2019 / 01 / 31 ( Thu )
花咲くお山に生まれ変わろうとしている忽那山のお山歩話しのつづき。

道路沿いの登山口から1段目の草っ原に上がり、

山頂に向かって、どろぼう草のなかを進み、

2段目に上がる道を登ります。


2段目は狭いですが、多少凸凹しながら平らかになっています。

ここにも昔は猫の額ほどの畑がありました。


たくさんの「陽光桜」が植えられていました。

今冬は暖冬過ぎたのか、数輪、ピンクの花が咲いていましたが、
それもこれも日当たりよくなった除草作業のおかげでしょう。


3段目へ上がります。


10年前は、この3段目までは上がることができました。

でも、当時はここから先がまさにジャングルでした。

あと数十メートルだったのに…、が、心残りとなったのです。

でも今日は別でした。


4段目へと向かいます、まぁまぁ登ります。


山頂直下の林を目前に、道が狭くなりました。


こんな道端にもサクラが植樹されてます。


5段目で道は左右に分かれるように見えます。


右の方が道っぽいのでたどってみました。

小さなマウンドを越えながら、道は左に曲がり、

林の中へ向かい、山頂へ直登していました。

でも、道っぽさはなくなってしまい、枝や根が邪魔して、傾斜も相まって、
普通の靴じゃ、登るのはとても大変そうです。

引き返して、左のルートを試すことにしました。


その途中に見えた、北側の眺めです。

真下に見えるのは、宮前川放水路と水門、
川向こうはコンテナヤード、ずっと奥に興居島の伊予小富士も見えました。

Y字分岐に戻り、

踏み跡をたどって林の中へ入ります。


岩がゴロゴロした場所があり、一瞬、城跡特有の崩れた石積みかと思ったけど、
岩盤が崩れただけのようにも見えました。


横に生えた木を乗り越え、左下がりの斜面をずるずる滑りながら登ると、
前方に明るい場所が見えてきました。


麓から、土手状の人工的な地形に見えた山頂部分です。

往時の姿が嘘のように、驚くほどきれいに刈り取られています。


眺めがよさそうなので、まっすぐ進んでみました。


東端に立つと、真下に、新しい建物が建ちつつある松山市浄化センターが、
奥のお山は垣生山です。


ここからははっきりとした道はありません。


土手をよっこいしょと登りました。


すると、まるで林道でもあったかのような、らせん状のスロープが現れました。

これは多分に、防空機銃砲台があった頃の名残ではないでしょうか。

スロープを反時計回りに登ると、

この10年、ずっと心残りだった山頂についに到着です!


雑木がすっかり取り除かれ、さっぱりとした姿でした。

靴やズボンの裾がどろぼう草だらけになってしまったけど、
10分足らずかな、山頂にたどり着けてしまいました。


山頂にも陽光がありました。


その根元に「登山用」と書かれたポールが転がっていました。

つい最近、雑木や雑草がきれいに取り除かれたばかりの山頂からの眺めをたのしみます。

北から東にかけての眺めです。

ここいらには国際物流ターミナルがあったり、コスモ松山石油の工場があったり。

南側の眺めです。

松山空港の滑走路から飛行機が飛び立つ姿も眺めることができました。

奥の山並みは双海の海岸線です。


海沿いの西側は背の高い木々で、瀬戸を望むことはできませんでした。

山頂までの登山道がもう少し整備された暁には、
できればこちら側の木々も整理して、だるま夕陽とか鑑賞できたら最高でしょうね。


林の左端、南西方向に一段低い小さな尾根がありました。

その先端に小さなクレーター状の地形が上から見えたので下ってみました。


直径3mほどのすり鉢状の地形は、対空機銃砲座を置いた塹壕のように思えました。


小クレーターからの眺めです。

大阪ソーダや砂利集積場の埠頭。


こちらから眺めた、ドーム状の山頂。


かすかな踏み跡をたどって戻りました。


実はこの日、山頂まで2度、登りました。

と云うのも、最初はホントに山頂まで行けるとは思っていなくて、
GPSログも写真撮影もせずに登ってしまいました。


なので、一旦、下山。

この記事の写真はみな、登り返したときに撮ったものです。

弁天山・垣生山の山並みも2度目に山頂に立ったときに撮りました。



2度目の下山は、Y字分岐・右の直登ルートで下ってみました。


林の中は木が混んでいる上、かなり急斜面で崩れやすい腐葉土。

たいした高度差ではないのですが、おすすめはしません。


なんとか降り立り、山頂を振り返って。

根に足を取られ転がり落ちると、海まで落下してしまいそうで、
あまりおすすめしたくないルートでした。

でも、いまのように切り拓かれていない頃は、
このルートしか山頂にアタックしようがなかったのかも知れません。


下山後、靴やズボンにびっしりついたどろぼう草を取り除くのに、
登山に要した時間より多くかかってしまいました (^_^;)


さて。

ちなみに、忽那山は、「 山」もしくは「 山」と書いて、
「くつわやま」と書いてた時期もありました。

「轡」「銜」は、「猿轡(さるぐつわ)」のくつわ。

馬が口にはんでる馬具・「はみ」です。

忽那山城(もしくは轡山城・銜山城)は、忽那因幡守藤原通定が居城しました。

応永2年(1395)頃のことです。

南北朝時代には、中島の泰ノ山の城主だった忽那式部小輔が入城し、
以来、忽那氏が代代、城を治めてました。

登山道沿いにあるわずかな平地が往時の曲輪跡かも知れません。

でも、戦前、松山海軍航空隊基地の砲台建設時に地形が破壊・改変され、
さらには、浄化センターなどの建設で、
城跡の名残も消えてしまった可能性もありますが。

永禄8年(1565年)、豊後の大友氏が伊予に侵攻した際には、
当時の城主・忽那通著が、来島通康、村上武吉らと共に大友軍を撃退、
城も守り抜きました。

通著は、織田信長の時代には、逆に豊後に出陣したりもしました。

忽那一族は、秀吉による四国攻めで討ち死、滅亡したそうです。

ちなみに、岩子山の西麓には、忽那通著らをお祀りした「忽那社」があります。

刀剣を奉納すると、足の病気にご利益があるそうです。

忽那山の山麓、浄化センターの辺りは、陸軍歩兵第22連隊の小銃射撃場があったり、
航空隊が使用していたりしました。


と云うわけで、念願の忽那山に登頂することができました。

正月早早、こいつは縁起が良いやって感じで年の初めを過ごすことができました。

あの陽光桜が咲いて散るまでは、誰でも簡単に山頂に立つことができると思います。

GW以降は背の高い雑草が勢力を取り戻し、
羽虫がぶんぶん、クモの巣が行く手を阻むので、
登るならいましかありません。


誰でも簡単に登れるようにしてくれたサクラ植樹の団体さんに、
心の底から感謝申し上げます。

10年なんてあっという間。

次の10年後には、あのサクラたちが咲き誇り、
お山が紅蓮に染まった姿を見ることができるかも知れません。

近所の小学校の春の遠足の目的地にもなっているかも。


それでは、また、次のお山歩まで。

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忽那山へ行こう! そのいち
2019 / 01 / 02 ( Wed )
ほぼ1年ぶりの更新。

みなみなさま、お元気ですか。

ブログもホムペも更新なくて、心の片隅でもご心配おかけしているかも知れませんが、
なんとかちゃんと生きてます (^_^)


さて、年改まり、平成最後のお正月が来た平成31年1月1日の午後のこと。

まるで街ごと寝正月したかのような静かな市内を原付お散歩してました。

初詣でもしようかと思いつつ。

適当に西に向かって走っていたら、空港の方まで来てしまいました。

松山空港真横にある空港南第二公園で、まったり、離着陸を見学したり、
帰省客、観光客の送迎で賑わうターミナルを一瞥したり。

久しぶりに、帝人工場の西側にある、海堤防沿いの狭い抜け道も走ってみました。

大阪ソーダ松山工場沿いの埠頭を走ると、真っ正面に小さなお山が目に入ります。

陸繋島=陸続きになった小島のようなお山が海岸線にあります。

忽那山 です。



忽那山は「三津の山へ行こう!」で取り上げています。

でもそれは、山頂未踏 のお山としてです。

標高は49mしかありません。

そんなささやかなお山なのに、頑強にはびこった雑草・雑木林が行く手を阻み、
あらゆる侵入者を情け容赦なく拒んでいました。

最初にトライしたのは、10年以上も前、2007年2月のことでした。

それから数年の間に何度かトライしてはみましたが、
その度、結果は同じ、肩を落として帰るの繰り返しでした。

最近ではすっかり、あきらめてしまい、近寄ることも少なくなってしまいました。

悔いを残したまま、10年の時が過ぎていました。

でも、この元旦の夕暮れ時に見た忽那山は、なにかが違って見えました。

あれ?ってなりました。

山頂部分のぼうぼうだった雑木が整理されたように見えました。

緑の土手のような、なだらかな傾斜の地形が露わになっていました。

あきらかに、誰かが山頂に入り、伐採作業を行ったことは明らかでした。

と云うことは…。

急いで麓へ向かいました。


山頂部分は、あきらかに人工的な台形で、土手のような地形が露わになっていました。

忽那山は遠い昔は城跡で、戦前戦中は防空機銃砲台が築かれていました。


ここ10年で初めて見た光景にドキドキしながら、北麓へ。


「コンテナターミナル →」の案内のある丁字路を曲がります。


曲がってすぐ、宮前川放水路に架かる忽那橋の手前をまた左折します。


川に沿ってお山へ向かいますが、入口には車止めがあるので、
自動車の方は入れません。


奥に赤い色の水門が見えます。


電信柱の横に登山口があります。


階段状に見えるこの道は、10年前にもありました。


登山道を登ると、平らかで広い場所に出ます。

10年前、ここいらは畑になってました。

でもいまはなくなって、草っ原になってました。


大きな木の周りにサクラの苗木が植林してありました。

周りは最近、除草作業が行われたような、冬枯れとは違う雰囲気です。


立ち止まって改めて、「忽那山」についてネット検索してみました。

昔はまったく検索結果がなかった忽那山でしたが、いくつかのブログがヒットしました。

ブログには、大勢の人が伐採、除草作業する風景が収められていました。

国際NGO・公益財団法人「オイスカ」の愛媛支部が中心となって、
松山空港の真横、空の玄関口に位置する忽那山にサクラを植樹し育て、
花咲くお山で旅行者を迎えよう、と云う趣旨の活動が公開されていました。

ときには済美高校の生徒らも参加しているようで、驚きました。

草刈鎌や草刈り機を手にヤブに立ち向かい、
落ち着いた野原に愛媛を代表するサクラ「陽光」が植樹されていました。

その過程で、山頂まで登ることができるお山に生まれ変わったようなのです。

「オイスカ」、「森づくりプロジェクト Mt.Love10」で検索してみて下さい。


まさに、知らぬ間に…って感じでした。

忽那山は、しばらくご無沙汰だった間にいろんなこと、良いことががあったようです。


つづく。

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