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2年ぶりの石鎚山へ 2
2017 / 08 / 04 ( Fri )
2年ぶりの石鎚登山のつづき。

成就から続く表参道コースが通る尾根が見える場所まで来ました。

三の鎖下の合流地点は間もなくです。

そこに向かって階段の傾斜角度もアップして行きます。

でも、ヤッホーの子供たちはちょっと、限界だったようでした。

最後尾を歩いていた一番小さな女の子がぐずり始めました。

東陵分岐の休憩地をスルーしたツケが、やっぱり、まわってきた…。

リーダー格のお母さんが「もうすぐベンチがあるから」と声をかけて歩いていましたが、
そもそも、全体が落石注意なこのエリアに、腰を下ろせるベンチなんか、ありません。

三の鎖下の休憩地は、まだまだ坂を登らないといけません。

今日は往来する登山者も少ないので、丸太の階段にでも腰を下ろして休めばいいのに…。

もうすぐと云う言葉を信じてみんな、歩き続けていました。

女の子は、泣いたら負ぶってくれるとでも思って、ホントは嘘泣きだったかも知れないけど、
歩き続ける姿はちょっと可哀想でもありました。

大人には小さな段差でも、子供には胸突き八丁の坂となります。

また、僕はチューブで給水できるので、歩きながらでもノドを潤せるけど、
そんな装備のない子供たちは、立ち止まらないと水一滴、口にすることもできません。

ノドが渇いたら飲む、では遅すぎます。

こまめな給水が登山の基本です。

お山は涼しいけど、オーバーヒートした小さな子供は熱中症になりやすいので、
子供の体力、機嫌にあわせてたくさん、小休憩しましょう。


 僕も疲労しながらようやっと、二の鎖下まで到着しました。

ぐずる女の子もなだめすかされながら、到着できました。


表参道コースと合流する二の鎖下。

子供たちは階段に腰かけてぐったりしてました。

でも、ここから先、山頂までの600mが石鎚登山の本番、ゲームで例えるなら、最後の攻撃、です。

高低差60mオーバーの鎖場が連続するし、迂回路も、切り立った崖に設けられた階段が連続し、
足を滑らせたら一巻の終り、足がすくむような場所しかありません。

休憩できる場所も限られているので、給水も間食もまとめてしておきます。


さて、石鎚山山頂付近はここ数年でトイレなど、設備が大きく更新されました。

石鎚山そのものをご神体とする石鎚神社を中心に、西条市、久万高原町などが参加、
特に問題だった、事実上、垂れ流しだったトイレは、環境配慮型に生まれ変わりました。

 鳥居をくぐり、石段を登った先に新しいトイレができました。

 左側が、営業していない二の鎖小屋。

 右側が、環境配慮型トイレです。

 左は休憩所入り口、右がトイレの入口。


トイレ利用はチップ制になっていて、入口横に、チップを入れるボックスがあります。

チップ=協力金によって、日常清掃や保守点検などが行われています。

協力金クーポン券をロープウェイ乗り場や頂上山荘、土小屋売店、道の駅などで購入するか、
100円以上の現金をボックスに投入します。


休憩所は、無人小屋として宿泊利用も可能で、施設利用協力金として500円以上を、
休憩の方は、お気持ちで!ってことになっています。

側面にハシゴがあり、厳冬期、積雪したときでも小屋の中に出入りできるようになっています。

宿泊はできるけど、決して広くはありません。

アテにして来てみたら、すでに先客でいっぱい、結局、野宿か有料で山頂小屋に宿泊ってことになりかねません。

ご注意を。


さて、「ここからが本番なので、充分、休憩した方がいいですよ」とお母さんにアドバイスしたので、
ヤッホーの子供たちみんな、小屋の前の日陰で休憩してました。

でも、じっとしてられないのが子供ってもんで、石垣の上に立ったりして、大人をハラハラさせてました。

ぐずってた女の子も一緒になってうろうろしてました。

まぁ、逆に、動ける状態ってことは、元気がまだまだ残ってるわけで、安心ちゃ、安心です。


 残念ながら、雲との競争には負けてしまいました。

 負けが確定したので、迂回路をゆっくり上がります。

 小屋を見下ろして。


鉄製の階段とグレーチング状ですけすけの鉄網の通路の迂回路。

ストックは穴に刺さったりして危ないので、二の鎖下を出発する前に仕舞っておきましょう。

と云うか、僕も階段まで来て思い出して、慌てて仕舞ったんだけどね。

 丸太の階段も結構あります。

 一息付ける、踊り場のような場所。
見上げれば、弥山山頂は指呼の先、最高峰天狗岳も見上げればそこに。

丸太に腰を下ろして休んでいたら、復活したヤッホーの子供たちが元気に追い越して行きました。

そこから少し登ると、

面河渓からの登山道と二ノ森縦走路がひとつになった道が、右から合流してくるポイントです。


面河・二ノ森方面の道標が新しくなっていました。

その分岐からわずかで、三の鎖下になります。

 三の鎖小屋もリニューアル。

 ここにあった垂れ流しトイレは撤去され、基礎だけが残ってました。
あの香ばしい匂いは、もう、していません。


北側斜面に表土が大きく剥離した場所があるのが見えました。

面河・二ノ森方面の登山道の直上っぽい場所です。

あの辺は、数年前の春先、残雪期に、女性が滑落して亡くなった辺りじゃなかったっけ?

登山道周辺も表土ががっさりと落ちる可能性が無きにしも非ず。

安心はできませんね。

ま、地面ごと落ちたら、人間なんてどうしようもないけど。


登って、登って、また、登って。

 さっきの崩落地点、まぁまぁ、剥げてますね。

曇ってるし、景色見る元気もなく、足下だけ注意して、とぼとぼと階段を上がりました。

ついには足に身が入って、ふくらはぎがパンパンになってしまいました。

ダメだなぁ、すっかり、体力、脚力、落ちてるなぁと、幻滅に幻滅を重ねながら、階段を登り詰め、
 ついに山頂直下の最終コーナー、到着。 


視界が開け、二ノ森、西ノ冠岳、おもごの山並みが現れました。

朝、拡がっていた見事な夏空が、白い雲で満たされようとしていました。

 頂上山荘横の石段を登れば、
 弥山山頂に到着です!

バンザ~~~~~イッ!

心の中で、大きく万歳。


コースタイムの2時間半と同タイムで山頂に立てました。


 1982mと記された山頂標。
でも、正確には、ここは弥山の山頂、1972m。


ホントの山頂、最高峰・天狗岳はガスに包まれようとしていました。

今日は天狗岳には行きませんでした。

このお天気じゃ、見晴らしも期待できないから。

 弥山山頂には石鎚神社の奥宮・頂上社があります。

今回、頂上まで足を運びたくなったのは、実は、頂上社で御朱印をいただきたかったからです。

ここ数年、御朱印をいただくのが旅の楽しみのひとつになっていて、
石鎚神社は、麓の口之宮本社、中宮成就社、土小屋遙拝殿の3つはすでにいただき、
残すは頂上社だけとなっていました。

ザックから御朱印帳を取り出し、頂上社真横の授与所へ。

石鎚神社四社、コンプリートです。

 山頂の磐座もリニューアル。

 2礼2拍手1礼、帰りも無事、下山できますように。


三の鎖。


頂上社下の広場でお昼しました。

 ヤッホーの子供たちは、頂上山荘でカップヌードルを買ってお昼に。
道中では、カレー食べるって云ってたけど。

で、食後はわいわいがやがや、終いには兄妹げんかして、あのぐずってたおチビちゃん、泣かされてました。

おいおい、お山で女の子泣かすと、天狗が怒って雨降らすぞ!



山頂は、雲が湧いたり、一瞬晴れたり。

天狗岳まで行く人も少なくなかったです。

プラカード掲げて記念撮影する人も雲間から見えました。

パノラマもちょっとの間、楽しめました。


ふと見上げると、雲の奥に、積乱雲が盛り上がる姿がチラ見できました。

雨が来る…。

スマホを取り出し、雨雲レーダーアプリで雨チェック。

赤や黄色で表現された強雨エリアが西から近づいてきていました。

1時間以内には石鎚山も雨になりそうでした。

知ってか知らずか、ヤッホーの子供たちは先に下山して行きました。

僕も予定を切り上げて、遅れること20分ほど後、雨粒が落ちてきたので下山しました。


二ノ鎖下に到着する前に雨が落ちてきました。

でも、通り雨ほど激しくなく、頭上の木が傘になってくれて、カッパを着るほどでもありませんでした。

二ノ鎖下もほぼスルーして下山。

東陵分岐の休憩所までノンストップで下山しました。

ベンチに着いた頃にはもう、雨も止んでいました。


途中、石鎚講の白装束姿の高齢の女性二人とすれ違いました。

先頭の女性は、背丈ほどの箱を背負っていました。

御幣かなにか、入っていたのかな?

山頂山荘に宿泊し、朝、頂上社でお祓いしてもらうのでしょう。


そのほかにも軽装な登山者とすれ違いました。

日帰り登山なら、ちょっとぎりぎりかも、石鎚スカイラインの閉門までに下山できればいいけど。


東陵分岐の休憩所で休んでいたら、あの黄色いヤッホーが聞こえてきました。

どうやら追いついたみたい。


日当たり良好すぎの急坂で追い越しました。

が、ちょうどそのとき、ゴロゴロ~ンと西の雲間から雷鳴が響いてきました。

お山で遭遇するカミナリは地上とはまた異なる危険があります。

子供たちも急いで下山して欲しいけど、走れば逆に転倒などして逆に危ないし。

と云うか、山頂でお兄ちゃんが妹泣かすから天狗が雨を降らせたんだぞ!


 ゴロゴロ、空が鳴る中、無事、登山口まで戻ってこられました。

土小屋遙拝殿に感謝のお詣りしました。


駐車場の端にある白石ロッジ売店前の自販機でコカコーラを買い、のどを潤し、リフレッシュしました。

東屋で休んでると、ヤッホーの子供たちも無事下山。

雨が降る前に下山できてヨカッタですね、とお母さんたちと登山の無事を喜び合いました。

やがて、下山してきた人々は次々とマイカーで下界へと返って行きました。

香川ナンバーや鳥取ナンバーのクルマも下って行きました。

ヤッホーの子供たちは愛媛ナンバーのワンボックスで、リーダー役のお母さんが運転して帰って行きました。


僕は東屋で、スクーターと一緒に雨宿り。

雨雲レーダーアプリで強い雨が近づいているのを見ていたからです。

30分も待てば通過しそうな雰囲気でしたから、ゆっくりしてから下ることにしました。

スクーターにカッパは積んでいたけど、汗で濡れた服の上に着たくなかったし。


ちなみに、このとき、小田の獅子越え峠では、短時間に100mmの大雨が記録されたり、
日本各所でゲリラ豪雨が観測されていました。

面河まで真っ赤に表示された雨が来ていたのですが、土小屋はそんなには降りませんでした。

霧雨くらいになったところで、僕も土小屋を離れました。



駐車場から見えた石鎚山。

 山頂はこのあとすぐ、雲にまかれ、見えなくなってしまいました。


帰路は、川内のさくらの湯に入浴するため、黒森峠越えして帰りました。

面河ダム周辺はアスファルトも乾いていて、雨は、馬の背を分けるほどピンポイントで降っていたようでした。


あ、黒森峠は2カ所で道路工事してて、1時間に10分だけ通れる時間制通行止めを実施中。

僕は、工事が終わった夕方5時頃、通ったので問題なかったけど、
工事のある平日に黒森峠を通って帰る予定の方は、要注意です。


と云うわけで、2年ぶりの石鎚登山、終了でした。


最後に。

石鎚山は小さいお子さんでも登ることができます。

でも、水や間食は背負っても苦にならないくらいは用意しましょう。

ノドが渇いたと思う前に給水し、ぐずる前に休息はこまめにとりましょう。

夏山は天候が急変しやすいです。

石鎚山は特に雲が湧きやすいので、雨具の用意も必要でしょう。

土小屋コースは、閉門時間を、
成就表参道コースは、登山ロープウェイの最終時間を、
それぞれ気にしながらの登山となります。

登りは、2時間半から3時間の長丁場となりますので、いろいろ心してお出かけ下さい。

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2年ぶりの石鎚山へ 1
2017 / 08 / 04 ( Fri )
7月末、石鎚山に登ってきました。

ここ数年、毎年登ってきた石鎚山、でも去年はついにお山歩できず、この夏やっと、頂を踏むことができました。

土小屋ルートで登りました。


朝5時に起床し、前日まとめておいた荷物を背負い、スクーターにまたがり、
熱帯夜の余韻が残る街を後に、ひとまず、三坂峠へ向かいました。

松山の空は青空に雲が散らかった、今日も暑くなりそうな夏空をしていました。


現在、国道33号線は三坂道路開通以降、峠越えの道ではなくなってしまいました。

でも、三坂道路は自動車専用道、50CC原付は通行不可です。

昔ながらにちんたらと峠越えを強いられます。

三坂道路、通れたら、久万まであっという間なんだけどね。

法定最高速度が時速30kmな原付がいたら、折角のバイパス効果が半減するかも、ってことくらい理解できるけど、
現実的には50kmまでスピードを出そうと思えば出せるエンジンなので、
自動車専用道区間だけ、最高速度を50kmまでOKにして通行可能にしてもらえないかな…、と夢想しながらの峠越えです。


 久万の町は霧の中に沈んでいました。

雲海に突っ込んでいく飛行機みたいに、下り坂を久万の町に向かって下って行きました。

経験上、下界の天気がいい朝ほど、久万の町が霧に覆われていたことが多かったので、
まるで雲の中を走っていても、天候に関して不安になるようなことはありませんでした。

大抵、旧面河村辺りでいつも雲海を抜け、青空と再会できたからです。

だからみなさんも、朝、久万の町でガスに巻かれても、あきらめたり、不安がるのはまだ早いです。


湿った空気は冷たく、下界の夏仕様な格好じゃ肌寒い。

石鎚山山頂の気温にあわせた服装だったけど、涼しい風が当たり続けてると、風邪を引きそうなくらい。

その一方で、熱帯夜で寝苦しい日々を過ごす下界の身には、エアコン入らずがなんとも羨ましい久万の町でした。


コンビニでお弁当と朝食のおにぎりを買った後は一気に、石鎚スカイラインまでノンストップ。


 石鎚スカイラインの入口、関門に立つ大鳥居。

あ、そうそう。

石鎚スカイラインの方へ左折する角、関門橋のたもとに建ってた、
 「面河観光センター」が無くなってました。

もうだいぶ前から営業はしてなかったけど、ランドマーク的建物だったので、無いなら無いでちょっと淋しい気持ち。


夏の石鎚スカイラインは、朝7時から夕方8時まで通行可能です。

夜間通行止め時間中はゲートが閉まっちゃうので、入山・下山時間は注意が必要です。

また、雨量が40mm、もしくは連続雨量200mmの降雨が観測された場合も通行止めとなります。


関門~土小屋間は約17.1km。

途中、短いながら下る区間があるけど、ほぼほぼ、上り傾斜。


この日最初に見えた石鎚山と、二ノ森・堂ヶ森に至る山並み。

 石鎚山山頂。


天狗岳・南尖峰、弥山山頂の石鎚神社頂上社。

鞍瀬ノ頭から二ノ森を経て石鎚山へ連なる山嶺のパノラマ。

 二ノ森山頂。

いいお天気です。


 関門から13.1km地点にある長尾尾根展望台。

 展望台からのパノラマ。

 ここから見る石鎚山は三角錐、ピラミダルに尖った姿。

今年は雨不足で水量が心配だったけど、
 「御来光の滝」を遠望することもできました。


土小屋ルートが通る石鎚山東稜線。


今年、中古だけどスクーターを買い換えました。

おかげで、前来たときより十数分も早く、土小屋に到着できました。


月曜日だったからか、駐車場はがらっと空いてました。

 ターミナル中央にある土小屋の碑。

 東屋と公衆トイレ前の空きスペースに駐車。

神社前の駐車場は空きもあるくらいで、今日は静かなお山歩が楽しめそう。


とっとと支度を調え、お山歩開始です。


まずは、石鎚神社土小屋遙拝社に参詣し、神様に入山の挨拶をいたします。


拝殿入り口に、入山者のための善人杖がたくさん用意してありました。

 2礼2拍手1礼、安全登山をお願いします。

 拝殿の横を通って、

石鎚山土小屋登山口へ。

ついに、念願の石鎚登山スタートです。

登山口ではなぜか、結界の中に踏み込むような心持ちになるのは僕だけでしょうか?

 登山口すぐは、木陰で薄暗い登山道。
下界は雨が少ないけど、石鎚周辺はスポット的な夕立が結構、発生するので、路面は湿っています。

そんなぬかるみを避けながら、両手ストックでひょこひょこ歩きます。

ここ数年、ちゃんとしたお山歩はしてこなかったので、どことなく、歩き方がぎこちない…。

早足にならないよう、大股にならないよう、どかどか地面を踏みつけないよう、
正しい歩き方を思い出しながら、しばし、一歩一歩、大切に歩きました。



枝葉の額縁越しに瓶ヶ森が見えます。

背後に湧きだした雲が気になる…。

夏の石鎚山は朝晴れていても、お昼には雲に覆われることが多々あります。

一日中、晴れているのは、春先は秋の頃。

夏の石鎚は、雲の山。

よくまぁ曇るので、できるだけ早く山頂に立ちたいのですが、いまの体力・持久力じゃ、急いでも疲労するだけ。

晴れた山頂に立ちたければ、一刻も早く、登山口を出発することが、一番の早道だったりします。

 よく整備された登山道。

 急傾斜地も安心です。

「ヤッホーーーーー!」

道の先から子供の楽しげな黄色い声が聞こえてきました。

夏休みに入ったばかりだし、親子登山かな。

石鎚山は西日本最高峰だけど、幼稚園児だって頑張れば登れるお山です。


最初の休憩地に到着。

エアコンが効いた部屋のように圧倒的に涼しいのに、久しぶりの登山で汗びっしょり。

ザックの中の2リットルのアクエリアスを、ハイドレーション・チューブでごくごく吸引。


この休憩所からしばらく、西側が開け、目指す石鎚山頂も視界の中に。

心拍数が落ち着いたら、再出発。

 しばらく、日陰のない急坂が続きます。

土小屋ルートで一番の踏ん張りどころです。

見晴らしを楽しみつつ、一段一段、焦らず、歩みを進めます。

風でもあれば気持ちがいい場所なんだけど、夏は直射日光にあぶられるから、汗タラタラになって登りました。

途中、坂の上に向かってカメラを構えている女性の横を通り過ぎました。

レンズの先には、さっきから何度も聞こえてるヤッホーの正体、数人の子供たちが手を振っていました。

 再び、休憩所へ。

ヤッホーの子供たちがお母さんらと休憩中でした。

黄色い声だったので、幼いだろうことは分かってたけど、思ったよりちびっ子でした。

後で分かったのですが、幼稚園年長の女の子3人、ちょっと大きいお兄ちゃんは小2。

「こんにちは」と声を掛けると、「こんにちは」とめっちゃ元気なお返事。

その元気が山頂まで保つといいけど、心の中で思ったり。

再び、太陽燦燦の急坂パート2へ。

急坂は休憩地をはさんで2部構成です。

えっちらおっちら、高度稼ぎの坂を登り終え、
 峠のような場所へ。

 下り階段、尾根の反対側へ導かれます。

 気持ちのいい木陰が続きます。
おまけに、傾斜も緩やかで助かります。

 ああ、山頂後ろに雲がもくもくと…。

 山頂にもうっすらガスが…。
今日の雲は足が早そうだ。


 東陵分岐にある休憩地。

距離的には、土小屋ルートの3分の2くらい、来た場所にありますが、体感的には、本番はこれから。

ザックから、2割引シールが貼られた塩大福を取り出し、間食タイム。

塩大福、美味しかったけど、どちらかと云えば喉が渇く系な食べ物だったので、食べづらかったなぁ。


自然解説板の後ろに、ヤマアジサイがたくさん咲いていました。

撮ってると、ヤッホーの子供たちが追いついて、でも、子供ら自ら休憩パスして先に行ってしまいました。

ベンチ、当分無いのに、大丈夫かな?

僕は充分に休憩を取って出発しました。

 東陵分岐からずっと日陰・木陰の道。

 天狗岳直下の急傾斜地をゆるゆると高度を稼いで行きます。


整備用の丸太が積んであるところもありました。

いつかのときのために、一本一本、背負い、担いで運び込まれた丸太です。

足下の木道も、地形に合わせて丸太を一本一本、加工し、設置されたものです。

ヤッホーの子供たちすら安全に石鎚山に登れるのは、全然、当たり前なんかじゃないんです。

親子登山される方は、近くの花や遠くの景色ばかりじゃなく、足下のことも話題にして欲しいなぁ。

当たり前は当たり前じゃないって。


 柔らかいスカートの裾の細かいひだのような小さな谷が連続、
地形に沿って巻く木道を進みます。

急坂ではないけど、常に登り勾配なので、疲れもたまります。



落石注意ゾーン、さっさと通過します。

通過後、ちょっと気になり、落石ゾーンを見下ろせるカーブで立ち止まっていると、
案の定、ヤッホーの子供たちが見晴らしがいい場所だからと崖下で記念写真を撮り始めました。

そこで立ち止まらないで、と声をかけようか迷ってるうちにまた歩き始めてくれたけど、ハラハラしました。

お母さんたちは、先を歩く子供の背中が見えなくなると「ストップ! ストップ!」と必ず声を掛けてたくらい、
単独行動にならないよう、子供の動向には気を払っていたので、その点は安心でした。

過去、足の遅い親を後に、先行した子供が結果的に単独行となって遭難する事例が多々あります。

合流するはずだった山頂に子供の姿はなく、実は途中で滑落していて、親は気づかず現場を通り過ぎていた、
そんな遭難事例が、それは石鎚山での話じゃないけど、ありました。

お山では、パートナー、メンバーみんな一緒に行動するのが基本です。

ましてや、小さな子供からは目を離さないのは、下界と一緒です。

ただ、下界には落石注意なところはそうそう、ありません。

上から落ちてくるのは、洗濯物か、カラスの糞くらい。

お山は気をつけて欲しい、危険な場所だらけだけど、落石注意看板がある場所くらいは素直に気をつけて欲しいです。

立ち止まって写真なんか撮ってたら、落石一発で家族全滅、なんてこともあり得ます。

 落石注意な谷は、立木がなくて、こんな風に抜けがいいので、
立ち止まりたくなる気持ちは分かるけど、神経は崖側に向けてとっとと通過して下さい。


土小屋ルートは、東陵休憩地以降、天狗岳の切り立った東壁をずっと移動するので、
木々に覆われた部分でも、基本的には常に落石には注意すべきだけど、

 分かりやすい落石ゾーンはもう一カ所あります。

また立ち止まって記念写真やられたら危ないので、ゾーン手前で立ち止まり、
 蝶を撮るフリして、一団が通り過ぎるのを見守りました。

今回は記念写真無しで通過してくれ、ほっとしました。


つづく。

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穴神洞穴と宝泉坊温泉
2017 / 07 / 12 ( Wed )
5月のとある日。

行ったことがない温泉に行こう…。

地図とにらめっこして決めたのが、西予市城川町にある、

健康保養施設 宝泉坊温泉



よく、西土佐までキャンプしに出かけた頃から、最近は宇和島の方までダムカードを獲りに行ったとき、
高速を走れないスクーターで鬼北方面へ旅するときは必ず、宝泉坊温泉の前を通りました。

温泉施設がリニューアルする前から知ったけど、一度も利用したことがありませんでした。


内子から肱川沿いをのんびり南下、城川町へ。

順調に温泉に到着できました。

でも、まだ昼過ぎ、ちょっと早すぎたかな。

駐車場にある観光マップを見てたら、「穴神洞穴」の文字が目に入りました。

鍾乳洞、洞窟の類いは子供の頃から好物です。

旅先で見かけるとまぁまぁの確率で探検してきました。

昨年の東北旅では、岩手県岩泉町にある龍泉洞を訪問、日本三大鍾乳洞を制覇することができました。


温泉の少し先、県道284号線に入り、5km弱。

途中、ささやかな峠・大門峠 を通ります。

ここは、坂本龍馬が土佐藩を脱藩した際、通ったとされるルートのひとつで、

記念の石碑が建っていました。

 「慶応三年中岡慎太郎ト共ニ刺殺サル」


峠から振り返って。


峠から下ると、山の向こうにこんな開けた場所が…と驚く、隠れ里のような川津南の里がありました。


印象的な奥にあるお山の左側の方に洞窟はあります。


「川津南ガイドマップ」。

里のずっと奥に、龍馬が越えてきた九十九曲峠があるようです。

 穴神洞窟前に到着。
道路左の山に洞窟が、右は駐車場や公衆トイレが整備されていました。

愛媛県指定史跡 穴神洞穴遺跡 (昭和51年4月指定)

遺跡の下に穴神鍾乳洞(市指定天然記念物)があります。
(全長300mうち遊歩道部分は75m)

【見学時間8:00~17:00】

【見学料】個人 高校生以上1人200円/小・中学生100円
     団体 10人以上(高校生以上)……1人100円
        10人以上(小・中学校)……1人50円

【連絡先】JA川津南出張所     TEL 0894-83-1008
     木曜日のみ(川崎商店) TEL 0894-83-1074




 東屋の後ろに洞窟の入口があるようです。

 

市指定天然記念物 穴神鍾乳洞

所在地 西予市城川町川津南
指定 昭和47年8月28日

 この鍾乳洞は、昭和44年6月、地元の中学生が「こうもり」を捕りに入って発見したものである。
洞は全長75メートル。
高さ8~10メートルで石筍、鍾乳石など豊富で、変化にとみ、県下では類のない鍾乳洞であるといわれている。

 穴神洞遺跡(県指定文化財)は縄文草創期以降の住居遺跡である。
当時の生活をしのばせる土器や装身具その他人骨、鳥獣の骨、貝類等が数多く出土しており、考古学的に極めて貴重な遺跡である。

こうもりの 飛びかう穴神鍾乳洞 (城川かるた)
穴神は 万年前の 住居跡 (城川かるた)

西予市教育委員会




鍾乳洞はそのまま、遺跡でした。

穴に住むのが、雨風をしのぐ手っ取り早い方法だったりするし、ときには、盗賊の類いから身を隠してくれたりもするわけで、
日本、いや世界中の洞窟のほとんどで古代人が生活した痕跡が見受けられます。


「穴神鍾乳洞庵」。


 展示物。

遺跡から見つかつたもの

 発掘調査では、上部の洞穴入口が調査され、そこには大きく分けて8つの土層が堆積していることが確認されました。
これらの土の中から縄文時代草創期、早期、後期の遺物(土器や石器など)が見つかっています。

 もっとも下の層からは、微隆起線文土器と呼ばれる縄文時代のはじめころの土器が見つかっています。
県内では、久万高原町(旧美川村)の上黒岩遺跡に次ぐ縄文時代でも非常に古い時期の土器として知られています。

 また、貝でできた装飾品(アウセサリー)も見つかっていて、その多くが海岸部で採集されたと考えられています。
ツノガイの装飾品や熟年女性の人骨が出土した埋葬遺構のほか、骨角器、ノウサギ、アナグマ、タヌキ、テン、イノシシ、シカ、キジなどの骨や歯や牙も見つかっています。

 穴神洞穴の縄文人は、森でドングリなどを採集し、川で貝や魚を採り、土器で煮炊きをしていたのでしょう。
時には石の鏃(やじり)を使った弓矢で、イノシシやシカなどの狩りをしていたと考えられます。
また海でとれる貝を海辺のムラから手に入れて、アウセサリーを作りました。
山間のムラと海辺のムラの交流があったのでしよう。

 なお、遺跡から見つかったものは、城川歴史民俗資料館に展示してあります。

平成24年10月 川津南やっちみる会





洞窟入口、玄関サッシのドアみたいな扉で閉鎖されていました。

でも、近辺には誰もいなくて、表の看板にあるように、電話などして呼び出さないと入洞できないようです。

「困ったなぁ…」

辺りを散策していたら、

上に向かう階段を見つけました、なにかありそうなので、見に行ってみたら、

やはり施錠された出入り口がありました。

 鉄板の通路が見えたので、下の入口と繋がっている?

有形文化財考古資料 昭和51年4月6日県指定

穴神洞遺跡 大字川津南3723番地

鍾乳洞の中に展開する本遺跡は、縄文時代の遺跡として県下屈指のものである。
特に縄文早期初頭に相当する層位(第九層)から、わが国で最も古い土器(約1万2千年前)であるとされている。
隆起線文土器の口縁部が発見され、また早期中葉の小型楕円山形押型文(約7、8千年前)とともに、タカラガイ、ツノガイ、セルガイ、シドロガイなど、いずれも海産の貝殻を加工して造った装飾品が豊富に出土したことなどが注目されている。

さらに頭蓋部wpはじめとする人骨片も出土し、縄文早期の人類の姿を解明する良い手がかりが提供されている。

人々の生活のあとをとどめる遺構としては、やはり早期に属する最下層部から、礫を集めて築かれた炉址が検出された。
なお上層部からは後期から晩期にかけての土器や石器が発見されており、この洞窟がかなり長期にわたって人々の生活の一根拠地であったことを物語っている。

穴神は万年前の住居跡 (城川かるた)

昭和53年3月1日 城川町教育委員会 愛媛県教育委員会




さて、このあと、入洞できたのですが、あの扉を開けるまでが大変面倒でした。

普段なら、少し戻ったY字路にあるJA川津南出張所に電話するか訪ねれば入ることができます。

でも、生憎、この日は木曜日、木曜日のみは川崎商店というお店に頼まなければなりません。

直接、JA出張所のあるY字路のそばにある川崎商店さんを訪ねました。

でも、店主のおばあさん曰く、「洞窟の場所の上にある白い家の○○さんが鍵を持ってるから」。

いつのまにか、替わっちゃってたようです。

って云うか、だったら、洞窟の看板にも新しい人の連絡先書いちけよ!

と心の中でぶつぶつ文句を言いつつ、引き返したのですが、道を先に進んでも白い家なんかないのです。

昼間の山里は、農家の庭先にも畑にも人の姿はまるっきりなくて、しばし、途方に暮れました。

イライラ…、イライラ…。

洞窟に戻り、東屋の中に入ったときでした。

ベンチの上に置かれたプラスチックケースの中に、パンフレットに紛れて、○○さんの名刺を発見。


なんだかんだで30分以上、タイムロスしました。

では、やっと入洞です。

ヘルメットを借りて入りますが、天井が低い場所が多いのでヘルメットは必須です。

あと、ぬるっと滑って尻餅をついたこともあったので、滑りにくい靴、軍手のような手袋もあった方がいいです。


最初から低い天井、いきなりの階段の天井も低くて、コツコツとヘルメットに岩肌が当たる音がしました。

気温はぐんと下がり、心地よい冷気に包まれました。

 最初のホール。
「穴神」とあるけど、クラゲか、エイリアンのフェイスハガー似。


湿った通路を行くと、水流で浸食されたような岩肌。


階段を下ると、「洞穴サンゴ」とありましたが、イマイチ、よく分かりませんでした。


鍾乳洞らしさが垣間見える「石の滝」。

 地下のホール、今度は昇り。


階段の先は狭い通路。

 穴の先に垣間見えた「宝殿」。


体を横にしてやっと通り抜けられる通路や、ヒザを着きそうになるくらい、屈まないと通れない通路があったり。

 新たなホールに出ました。


「男神」「女神」「神柱」と名付けられた石筍がありました。

 足下にも石筍。
でも、根元から取れた形で破損してました。

洞内にはほとんど柵などの保護装置がまったくないので、正直、心配になりました。

この「女神」のような石筍がいまの形になるまでに何千年の月日を要するのか、分からないような、
自然保護など欠片も思ったことがない稚拙な人がハンマー片手に盗掘しにきたら…。


「地底の池」って、どのことだろう?

 階段を昇って上へ、上へ。

 「縄文人住居跡」。
火を炊いた跡のような黒くなった地面がありました。

 外から見えた通路を通って出口へ。

穴神洞窟は、上へ昇り出る一方通行なコースになっていました。

外に出ると、もわっと生暖かい外気が皮膚にまとわりついて、穴の中に引き返したい気持ちになりました。

東屋に戻り、ヘルメットを返しました。


狭く短い洞窟でしたが、アップダウンあり、何種類かの鍾乳石も見られ、楽しく探検できました。

ただ、入口の鍵を持ってる人に連絡しづらいのが難点。


来た道を戻り、宝泉坊温泉へ。

洞窟との温度差でうっすら汗もかいたし、3時もまわったのでちょうどいい時間。

駐車場にはクルマが数台、駐まってました。

駐輪場の看板は見つけられなかったので、適当に屋根の下にスクーターを駐めました。


スーパー銭湯みたいに小ぎれいな玄関です。

 木のポストに鳥が卵を産んだみたい。

 靴箱に履き物をしまい、券売機でチケットを買って、
 フロントへ。
アロハ的なラフなスタッフウエアを着たスタッフさんでした。


お風呂は、フロントに向かって左の通路を奥に進みます。

宝泉坊温泉は、温泉大浴場のほかに、温水プールをつかったリラクゼーション施設が併設されています(別料金)。

専門スタッフの指導の下、健康維持・増進、ストレス解消、リラクゼーションに効果的な温泉療法も受けられます。

でも、今日は温泉だけが目的なので、どんなプールかは見たかったけど、パス。


女湯と奥にある男湯の間にある休憩スペースには、サービスの冷水と梅干しが置いてありました。


暖簾をふたつくぐると、脱衣所です。

ちなみに、暖簾と暖簾の間に、プール利用客の脱衣所の入口もありました。

 脱衣所、ちょっとコンパクト。

 大浴場。
お客さんが僕しかいなかったので、撮らせてもらいました。

露天風呂もあったし、美肌の湯って云ってるだけあって、アルカリ性のお湯はぬるすべで、気持ちよかったです。

陽に当たりながらの露天風呂、気持ちよかったぁ (^_^)


と云うわけで、1時間近く、いつものように長風呂しました。


入浴後、館内を探索。

 男湯のさらに奥にあるジムのようなスペース。

 ロビーにある売店。

 フロント右の通路を進むと、
 角にキッズルーム。


さらに奥に進むと、レストランがありました。

 メニュー。
レストランのみの利用もできるみたい。


食事スペースと休憩所。


と云うわけで、穴神洞穴と宝泉坊温泉の旅、終了です。


追記。


肱川沿いを帰ってた途中、大洲に寄りたくなり、道を逸れました。

左折してすぐに出会ったのが、

「大川鯉のぼり祭」。

川をずらっとまたぐ、たくさんの鯉のぼり。

 幟もいっぱい。

お祭りはとっくに終わったあとだったけど、鯉のぼりや幟はしばらく、そのままにしてあったみたい。


大洲まで遠回りしたけど、安全運転でのんびり、帰りました。


穴神洞穴も宝泉坊温泉も、近所だったらまた行きたい、そんな場所でした。

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14:57:50 | コメント(回答)(0) | page top↑
青春18きっぷ旅 4 東北旅 10日目 1 大阪→ 高松→松山
2017 / 05 / 12 ( Fri )
いよいよ、旅の最終日。

昨夜はなかなか寝付けなかったのに、今朝はこの旅で身についた早起き習慣とよそのアラームで、5時にお目覚め。

だから、早速、二度寝。

7時に自分のアラームで起床し、BSつけて「あまちゃん」を見ました。

見ながら、小袖海岸で出会ったキレイな海女さんや、南三陸の津波で破壊された庁舎を思い出して、
いつの間にか、うるうる…。


朝風呂して、露天風呂で雲間からちょこっと顔出した朝日浴びたら、元気出てきました。

今日も曇り。

晴れてたのって、宮古の浄土ヶ浜にいたときぐらいだっけ?


 チェックアウト。


地下街を歩いて御堂筋線難波駅へ。

ホームは混んでて、来た電車も混み混み。

次来た電車も当然、混んでて、列の後ろの方にいたし、無理せず、見送りました。


大阪駅では、コンビニでサンドウイッチと午後の紅茶を買い、

8時48分の新快速に乗って、大阪をあとにしました。



姫路で乗り換え。

 混んでて、補助席に着席。


相生でまた乗り換え。


岡山へ向かう車窓はまるで、10日前に見た景色が逆再生されていくような不思議な気分。


11時38分、岡山着。

今回はもう、金八ラーメン目当ての途中下車はしません。

同じホーム前寄りに停車中の瀬戸大橋線マリンライナーに乗り換えました。

今回もまた、補助席。

そして、本州とサヨナラ、四国、ただいま。


岡山で途中下車しなかったのは、マリンライナーで高松まで行って、さぬきうどんを食べようと決めてたからです。

 12時35分、高松着。
下車する際、傘を置き忘れそうになりました。

 ホーム。


そのホームにある「連絡船うどん」へ。

廃止された宇高連絡船で販売されていたうどんを再現したうどん屋さんだそうで、
駅前にもうどん屋さんは何軒もあるけど、そこが気になってこの店にしました。

僕の仕事は週1回は高松出張があり、さぬきうどんは再々食べてるのですが、この店はワースト…。

天ぷらは種類がないし、時間が経ってへなへな、つゆは生姜入れすぎで辛い。

うどん茹でてるおばちゃんは忙しくて余裕がないのか、ほかの従業員への物言いが悪く、空気悪い。

もう行かない。

駅の近くで仕事したときに行ったことがあるお店にすればよかった…。



13時00分、9番ホームに入った車両が折り返し、松山行になりました

すぐ乗車できたので、海側の対面シートに座りました。

13時13分、発車。


観音寺で一際長い停車中も読書して過ごしました。

多度津でようやく、「ニシノユキヒコの恋と冒険」を読み終えました。

結末は分かっていたけれど、最後まで愛されることも愛することもなかったユキヒコ。

いや、本当はいたのかもしれないけど、気づけなかったのか、わざとスルーしたのか。

死ぬ直前にかけてきた電話が悲しかった。


多度津で、3両編成だった列車は、最後尾が切り離され、後ろ2両目は回送車両に。

切り離ししてないけど、行き来はできなくなり、2両編成だけど、ワンマンカーに。


ついに列車は愛媛に入り、14時55分、川之江着。


その後、まだ明るい時間帯だし、伊予富田か今治で降りて、駅近くの温泉にでも入って帰ろうかと思ったけど、やめました。


その今治で、車掌が乗務し、ワンマンカー状態が解消され、2両目も使用可能になりました。



18時前、松山駅到着。

10日に渡る長い旅も終わりです。

 歩いて帰るのもしんどいので、市内電車に乗りました。


大街道で下車し、松屋で麻婆豆腐定食を食べました。

それから、ドラッグストアに寄り、名古屋のホテルで使って気に入ったシャンプー、CLEARを買って帰りました。


家に着いたのは夕方7時過ぎでした。

当然だけど、部屋は旅に出た朝のままでした。


青春18きっぷ旅4はこれでおしまいです。

最後までおつきあいいただいた方、誠にありがとうございました。



ああ、また東北行きたいなぁ。


青春18きっぷ旅 4 東北旅 目次

1日目 松山→岡山 / 岡山→名古屋

2日目
名古屋リニア・鉄道館 / 名古屋城 / 名古屋フェリー埠頭→

3日目
フェリーいしかり / 仙台

4日目
仙台→松島 西行戻しの松公園 / 松島 1 五大堂 / 松島 2 瑞巌寺 / 松島 3 松島湾一周 / 
石巻→南三陸 / 奇跡の一本松→夏虫のお湯っこ→宮古

5日目
浄土浜 / 龍泉洞 / 堀内駅→小袖漁港 / 小袖漁港 / 久慈 / 久慈→盛岡→花巻

6日目
花巻→平泉 1 中尊寺 / 平泉 2 毛越寺 / 仙台 1 瑞鳳殿 / 仙台 2 竜泉寺の湯

7日目
仙台→ フェリーきそ

8日目
→名古屋→大阪

9日目
京都 1 金閣寺 / 京都 2 晴明神社 / 四条通~清水寺 / 京都→大阪

10日目
大阪→ 高松→松山

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青春18きっぷ旅 4 東北旅 9日目 4 京都→大阪
2017 / 05 / 12 ( Fri )

バスで京都駅に戻ってきました。


向かいの京都タワーが、硝子張りの壁面に写ってました。

まだ明るいけど、大阪に戻ります。


中央口。

 目についた大阪方面行きに飛び乗りました。

発車間際に気がついたんですが、それは普通列車で、次の新快速より、10分ほど、大阪到着が遅くなるみたいでした。

でも、座れたので、そのまま、乗ってくことにしました。


 大阪着後、環状線のホームへ。

ホームは内回りと外回りで区別されてるけど、山手線同様、内とか外とか、よそ者には分からん!

と云うことで、案の定、乗り間違えました。

新今宮まで行くつもりで、天王寺行の列車に乗ったら、遠回りになる外回り。


次の天満駅で下車し、内回りに乗り換えました。


電気街がある日本橋に寄りたくて、新今宮で下車しました。


駅のホームからも見えた、ライトアップされた通天閣。

そう云えば、新世界って久しぶり、と云うか、近寄りもしない。

初めて行ったときの第一印象がめっちゃ、悪かったからなぁ。

 やっぱり、客引きだらけ。

 通天閣、ド~~~~ン!
昼間より、夜のライトアップされた姿の方が全然、いい。

 通天閣の真下へ。

 真下はこんな天井になってました。

 大阪を代表する将棋の名人・坂田三吉を偲ぶ「王将碑」。


なぜか、キン肉マンに登場するロビンマスクがいたり、と思ったら、
 アーケード街で、マッスルショップがあったり。

訪問時の新世界は、キン肉マン推しだったみたい。


すでに7時を過ぎていてシャッター通りと化している、日本橋の電気街へ。

目指してたお店も店頭のワゴンを片付けたり、閉店作業中。

千日前に近い通りで、まだ開いてたお店があったので、そちらでUSBケーブルとか、購入しました

お店を出たら、ぱらぱらと雨粒が落ちてきました。

ホテルの目の前まで戻ってきましたが、まだ散歩し足りない気分。

横断歩道の向こうにある水掛不動さんへ行ってみることにしました。

でも、降り出した雨は夕立みたく、激しくなっていました。


水掛不動さんでお参り、そして、雨宿り。

雨はまったく止む気配がなく、散歩はあきらめてホテルに戻りました。

入浴後、食堂で唐揚げ定食を食べ、部屋に戻り、日記を書いてたら、もう11時前。

もう一度、お風呂に入って、0時過ぎ、就寝しました。


つづく。


青春18きっぷ旅 4 東北旅 目次

1日目 松山→岡山 / 岡山→名古屋

2日目
名古屋リニア・鉄道館 / 名古屋城 / 名古屋フェリー埠頭→

3日目
フェリーいしかり / 仙台

4日目
仙台→松島 西行戻しの松公園 / 松島 1 五大堂 / 松島 2 瑞巌寺 / 松島 3 松島湾一周 / 
石巻→南三陸 / 奇跡の一本松→夏虫のお湯っこ→宮古

5日目
浄土浜 / 龍泉洞 / 堀内駅→小袖漁港 / 小袖漁港 / 久慈 / 久慈→盛岡→花巻

6日目
花巻→平泉 1 中尊寺 / 平泉 2 毛越寺 / 仙台 1 瑞鳳殿 / 仙台 2 竜泉寺の湯

7日目
仙台→ フェリーきそ

8日目
→名古屋→大阪

9日目
京都 1 金閣寺 / 京都 2 晴明神社 / 四条通~清水寺 / 京都→大阪

10日目
大阪→ 高松→松山

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