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岩国へ 百名城・岩国城とダムカードの旅 6
2017 / 09 / 27 ( Wed )
念願だった岩国城と錦帯橋を拝見し終わり、あとは松山まで帰るだけ。

帰りも柳井から船に乗って帰るわけですが、柳井まで戻るのも遠いなぁ。

帰りは海ルートにしようか、海まで市街地を抜けてこうか、またバイパスで出ようか、
そう云えば、まだお昼してないし、どうしよう…。

いろいろ、考えながら、スマホで地図画面を見ていたら、

「白蛇神社」

の文字が飛び込んできました。

ちなみに、城山ロープウェイの山麓駅の前に「岩国シロヘビの館」と云う、白蛇がテーマの建物もあり、
白蛇のことがなんとなく気になっていました。

だったら、と、帰りに立ち寄ってみることにしました。

銀行のATMとガソリンスタンドに立ち寄ったあと、ナビに従って街の方へ走って、白蛇神社へ。


 白蛇神社は、周囲より少し高い丘の上のような場所にあるようです。


ヘビの狛犬。

 石段の途中、右側に、白蛇を育てる施設がありました。

 境内案内図。

 丘の上には、神社と、
 白蛇の見学施設がありました。


まずは神社にお詣り。


参道沿いにも、白蛇を観察できる、網で囲われたスペースがありましたが、白蛇さん、穴に隠れちゃってます。

 境内をスルーして、表参道をチェック。

 狛犬コレクション。

 境内。


真新しい社殿にお詣り。

 朱印帳も持ってきていたので、社務所で御朱印、いただきました。

ついでに、白蛇の刺繍の入ったお守りも買いました。


おみくじもヘビでした。

 灯籠にヘビ。


神社の隣にある「白蛇観覧所」と云う名前の施設へ。

入口で、入場料、ではなく、白蛇の保護育成のための寄付、と云う名目で、募金箱にお金を入れて施設の中へ。

 硝子張りのケージがひとつあるだけでした。

そう云う意味では、入場料ではなく、寄付は、正解だと思いました。

ガラスの中は、温度と湿度が管理されているようで、参道沿いにあった金網とは違い、

シロヘビの全身を見ることができました。

 岩国のシロヘビは国指定の天然記念物なんですね。

どうも、錦帯橋、岩国城周辺は、昔からシロヘビがよく出没する、特殊な地域だったようです。

シロヘビって、いわゆる突然変異的な、生まれながらにメラニン色素がないアルビノなんだけど、
岩国のシロヘビは、遺伝で白化が子孫に受け継がれている、とっても珍しい存在なんだそうです。


黄色みがかったのもいました。

 観覧所の裏に、お社がもうひとつ。


弁財天でした。


帰路に着く前、折角、町の中まで来たのだからと、岩国駅まで行ってみることにしました。


岩国駅。

 「岩国駅」。

駅に来たのは、入場券を買うためです。

実は、旅の思い出に入場券をよく買っています。


普通列車が到着して、どっと降りてきた学生の列が途切れたタイミングで、入場券を購入。


と云うわけで、岩国観光はこれで終了です。

あとは、ひとまず、柳井港まで戻るだけ。

駅前を通る国道188号線をたどっていけば、自動的に柳井駅にたどり着けます。

念のため、ナビも柳井港にセットして出発。

途中、道端にあったすき屋で遅い昼食しました。


岩国市街地を抜けると、ずっと海岸線沿い。

長旅で疲れた体に染みいるような青い海と空が気持ちのいい道でした。


どれくらい走ったかなぁ、距離も時間もなんか、めっちゃ走ったような気がした頃、
 柳井港に到着。


出港30分前から乗船券の受付スタート。

チケット購入後、エアコンの効いた屋内でクールダウンさせてもらいました。


時間来て、フェリーが入港。

三津から乗ってきたクルマと人が降りきってから、また、バイクな僕が一番乗り。
 今回は、この場所に停車。

 まだ空っぽの車両甲板。


客室へ。


朝乗ってきたフェリーとは違う船で、座敷スペースは中央にありました。

客室にはすでにお客さんが数名。

車両としては一番乗りでしたが、徒歩乗船のお客さんの方が早かったみたいです。

窓際の席を確保したけど、ごろんと横になれる座敷の方が正解、ちょっと失敗。

写真を撮りに外へ。

 トラックなどで、車両甲板はパンパンになってました。

 階段を上がって上の階へ。


小さなプールがありました、訪問時は使用禁止だったけど。

 後部。


そうこうしてる間に出航時間となりました。


さよなら、岩国、また来る日まで!


遠ざかる柳井の港。


大島大橋が近づいてきました。

 大島大橋もさようなら!

 陽もだいぶ、傾きました。


帰りに乗った夕方のフェリーは、

周防大島の伊保田港に立ち寄る便でした。

車両甲板は満車状態だったので、乗りたいクルマがいたらどうするんだろう…、と心配で見ていたら、
船からおじさんがひとり、降りただけで、
 無事、出港しました。

 遠ざかる港。

柳井港に着いたとき、出港まで1時間くらい余裕があったので、一瞬、伊保田港から船に乗ろうか…、
なんて考えたんだけど、行かなくて正解でした。


船は何事もなく、瀬戸の海を渡りきり、すっかり日も暮れて夜になった頃、
 三津の港に帰ってきました。

また一番最後の下船でした。

 クルマも人もすべて下船し終えると、柳井に向かう人たちの乗船が始まりました。


ダムカードも百名城スタンプもゲットできたし、念願の錦帯橋も渡れたし、シロヘビにも逢えたし。

疲れたけど、いい旅でした。

今度はお泊まりもして、もう少し遠くにも行きたいなぁ。


と云うことで、百名城・岩国城とダムカードの旅、終了です。

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岩国へ 百名城・岩国城とダムカードの旅 5
2017 / 09 / 27 ( Wed )
下山後のことを考え、バイクで移動し、

山上の岩国城へ行ける「岩国城ロープウエー」の山麓駅へ。

 チケットは券売機で。
僕は、錦帯橋とロープウエイ往復と岩国城がセットになったセット券を購入済みだったので、スルー。

ゴンドラの出発時間まで、軽い時間潰し。


階段をトコトコあがれば、すぐにフォームです。

 手すりに、クマ出没情報!
岩国城もある、町の裏山みやいなこのお山でクマが目撃されたんだとか。

調べてみると、河原や民家の近くでも走り去る姿が目撃されてました。

山口、広島、島根一帯の西中国山地はツキノワグマの生息地なのです。


出発時間来て乗車。

定員30名の小ぎれいなゴンドラに、海外からの観光客らと一緒に乗り込みました。

「岩国城ロープウエー」は、山麓駅から標高約200メートルの城山の尾根の山頂駅まで、乗車時間は約3分。

動き出すと同時に、音声ガイドが流れ始めました。


吉香公園や錦帯橋が眼下に見えたら、
 旧城下町の市街地、瀬戸内海も見えてきました。


 あっという間に、山頂駅に到着。

 山頂駅の駅舎。


駅舎の前は広場になっていて、その中央に時計台がありました。

駅舎に戻って、山頂からのパノラマを堪能。

標高200mの城山から望む、岩国市街です。

岩国錦帯橋空港や岩国基地がある沿岸部をアップで。


岩国城は、広場側じゃない、反対側の森の奥にあります。

 遊歩道を奥へ。

 林の中にある裏道みたいな遊歩道との合流分岐をスルーして、
 少し歩くと、階段があります。

 上る階段の反対側に下る階段があり、

井戸がありました。


階段を上がると、
 広場に出ました。


左に曲がると、岩国城の雄姿が!


石垣に沿って時計回りに石段を登り進みます。

 天主前の広場。

休憩所と城郭案内図。


岩国城は、昭和37年(1962)、鉄筋コンクリートで再建された復興天守です。

 錦帯橋からの見栄えと山上からの見晴らしを考慮し、いまの位置に建造されました。

 公衆トイレの方へ進むと、

元々、天主があった天守台の跡の石垣があります。


立派な石垣ですが、これも平成7年(1995)に発掘復元されたものです。

この場所にあった最初の岩国城ですが、江戸幕府の一国一城令により、建造からたった7年で取り壊されました。

岩国領の政治の中心は、現在、吉香公園となっている「土居」にあった陣屋でした。


では、お城の中へ。


受付に、錦帯橋で買ったセット券を見せて城内へ。

その際、百名城のスタンプを借り受け、ほかの観光スタンプと一緒に、ポン、ポンと押印。


刀剣を中心に展示してある1階。


有り難いことに、城内は写真撮影OKです。


昭和に再建されたお城っぽい、いかにも鉄筋コンクリートな階段です。

2階にも名刀がたくさん。

ちょっと狭めな3階。


4階、最上階へ。


風通りが心地よかった最上階。

ロープウェイ山頂駅のある、南西方向の眺め。

北西側は山並み。

北東側もお山と森。

南東側の開放から、岩国市街地を見下ろすことができます。

大抵のお城は、東西南北に四面を向けて建っていますが、岩国城は、市街地の眺めを考慮して再建されたため、
市街地のある南東方向に面するように45度ほど斜めに建っています。

 市街地方向。

 吉香公園。

 錦帯橋。

 フロアに埋め込まれた地形図。

 階段を上がったすぐの広場。

 天主前の広場。

 沿岸部の岩国基地。

基地部分をアップで。

山上階からの眺めをすっかり堪能したあとは、3階、2階、1階、展示品をゆっくり鑑賞しながら下りました。

 3階、刀と名城のパネル写真。

 錦帯橋の模型もありました。


古い短筒。

 シャチホコ。

 玄関入ってすぐにあった大刀。

 いいお城でした。


帰りは別のルートで。

 お城の下の広場へ。

 土塀。


その土塀に沿って、ロープウェイとは逆の森の方へ進むと、

小さな橋があって、

小さな公園がありました、北の丸跡にある北の丸広場でした。


引き返し、階段を上がったところにあった広場まで帰りました。


広場の端にある門から、
 来た道とは違う階段を下りました。

 下部の石垣へ。

 来た道は、案内図上では上の道、帰りは下の道で。

 こっちの道は歩行者専用の狭い道。


道中には石垣も。

 広い方の道との合流分岐点をスルーして、
 もう少し歩いた場所で、あるものを見つけるため、スマホをチェック。

あるものとは、この城山にある三角点です。

地形図が閲覧できるアプリで現在地をチェックしながら歩き、
 写真の斜面をえっちらおっちら、木を掴んで登り、
尾根の上に出て、林の中をきょろきょろ見回すと、

ありました、「城」三角点、標高は200.05メートルです。

三角点の周囲は林の真っ只中です。

ちなみに、三角点はここにありますが、岩国城のある場所の方が標高は上です。


 ロープウェイ山頂駅に戻りました。


また出発時間まで軽く時間をつぶし、ロープウェイで下山しました。


つづく。

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岩国へ 百名城・岩国城とダムカードの旅 4
2017 / 09 / 24 ( Sun )
初めての岩国市入りを果たしてすぐ、バイパスで市街地を迂回し、川沿いに進み、錦帯橋へ。

虹のようなカーブを描く架け橋が見えたところで、駐車場も兼ねてる河原に降りて駐輪。

生で初めて見る錦帯橋、まずは下から鑑賞です。

 石積みの基礎から基礎へ見事なアーチ、まるで虹の架け橋。

 真下から、見事な木組みを拝見。
延宝元年(1673)、周防国岩国領の第3代領主・吉川広嘉が建造して以来、
洪水に見舞われる度に掛け替えが行われてきました。

最近では、平成13年から16年にかけて、50年ぶりの架け替え工事が行われました。

平成17年には台風14号の影響で第一橋の橋脚2基が流失し、復旧工事が行われたそうです。

平成の架け替え工事では、往時の技術を再現するため、設計や測量はすべて尺貫法で、
釘もステンレス製などは一切使わず、手打ちした「たたら鉄」の和釘が使われたんだそうです。

 後ろの山頂に岩国城の姿も。


河原を移動して、岩国城をアップで。

橋を渡るため、階段を歩いて上がっり、土手の上、道路に出て、橋の入口へ。


当然、歩行者オンリーです。

たもとに建つ小屋で「入橋料」を払い、しおりのようなチケットをもらいます。

錦帯橋とロープウエイ往復と岩国城がセットになったセット券があったので、そちらを購入しました。

ちなみに、料金所が閉まった夜も通行可能で、料金箱にお金を入れて渡ります。


アーチ橋の路面は、板を重ねた階段状になっていて、上るほどに踏み代が狭くなる構造。

こんなアーチな路面を歩くことは滅多にないので、ちょっと不思議な感覚で楽しかったです。

ちなみに、一般庶民が橋を渡れるようになったのは明治以降だそうです。

 高低差がかなりあります。
古来の姿のまんまだから、バリアフリーにはなってません、車椅子での通行は、ちょっと厳しいかな。

振り返って。

 たいした川幅じゃないので、すぐに渡り切れちゃいます。
向こう岸にも料金所があります。

向こうもこっちも、橋のたもとにはお土産屋さんや軽食堂が建ち並んでいます。


橋を降りてそのまま直進すると、旧岩国藩主吉川家の居館跡の「吉香公園」です。


錦帯橋を架橋した吉川広嘉の像がお出迎え。


お山の上にある岩国城へはロープウェイでアクセスできますが、麓の駅は吉香公園を抜けたところにあります。

錦帯橋からは徒歩圏内ですが、下山後のことを考え、一旦戻ってバイクで行き直すことにしました。

でも、その前に、ちょっと寄り道。

右の方へ進み、

途中で見た「吉川経家弔魂碑」。

秀吉の中国攻めの最中、鳥取城が包囲された際、開城の条件として切腹した吉川経家を弔うために建立された碑です。


ハナショウブが植えられた「吉香花菖蒲園」の入口に、

宮本武蔵との巌流島の決闘で名を馳せた、佐々木小次郎の像がありました。

小倉藩主・細川忠興に仕えた佐々木小次郎は、武蔵同様、実在の人物ですが、出身地に関しては諸説あり、
そのひとつが、小説家・吉川英治が「宮本武蔵」の中で創作した岩国出身説です。


仕事で下関に行ったとき、休日に遊びに行った巌流島で見た「武蔵・小次郎像」以来の佐々木小次郎像です。

巌流島の佐々木小次郎像は、

こんな姿で、よく似てます。

小説「宮本武蔵」の中に出てくる「佐々木小次郎が、錦帯橋畔で柳の枝が燕を打つのを見て「燕返し」の術を得た」柳も、

錦帯橋の畔にちゃんとありました。


柳の前から見た錦帯橋。


駐車場に戻るため、もう一度、橋を渡りましたが、向こう岸の料金所でもらったチケットを見せればOKでした。

橋上から見た下流。

上流。

河原の駐車場に戻り、バイクに乗って、錦帯橋のすぐ上流に架かる橋を渡り、ロープウェイへ向かいました。


つづく。

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岩国へ 百名城・岩国城とダムカードの旅 3
2017 / 09 / 22 ( Fri )
周防大島にある屋代ダムのダムカードを無事ゲットし、大島大橋を渡って柳井側に戻りました。

次は、柳井市の北に位置するふたつのダムを目指します。

橋まで来た国道で戻るのも芸がないので、大橋のたもとからスタートする山沿いの道で帰ることにしました。

海を見下ろしながら走れる気がしたからでした。

実際、走ってみたら、道は山裾の中腹をずっと横切るように延びていて、狙い通り、見晴らし抜群!

おまけに、ほとんど2車線、遠回りでもおすすめなルートでした。

「大畠瀬戸展望台」と名付けられた、ちょっとした駐車スペースに一時停止。

周防大島との間の海峡・大畠瀬戸を一望できました。


朝乗ってきた「おれんじぐれいす」号が松山に向かって戻ってくところでした。

 トンネルを抜けると、

青い空と海。

柳井の町に近づくと、海からも離れてしまい、山沿いの快適路に。

一旦、町の中を通り、北の町外れにある谷へ進みます。

この日は、スマホのGoogleナビを道案内に、音声だけ聞きながら走ってました。

でも、GPS電波の調子が悪かったのか、曲がるべき場所でアナウンスがされず、
おかしいなと立ち止まったときには、数キロ先まで行き過ぎてました。

すぐにUターンして、曲がり損ねた三叉路を右折すると、
 ダムは目の前でした。

思った以上に、柳井の町のすぐそばにあるようです。


 黒杭川ダムの管理事務所は道端にありました。
黒杭川ダムのダムカードは、ここでいただけますが、まずはダム見学です。

 事務所の裏に降りて、
 堰堤へ。

昭和44年完成の重力式コンクリートダム。


下流側。

 放水路。


上流、「柳北湖」と名付けられたダム湖は、渇水状態でした。

 上流はかなり底が出てしまってました。

 管理事務所を見上げて。

ダムカードはここでいただけますが、この後に向かう上流のダムのカードもこちらでいただけます。

上流のダムを見学してから、2枚同時にいただくことにします。


次のダムは、黒杭川ダムのほんの少し上流にあります。
 3分もかからない距離に。


全体的に真新しい、黒杭川上流ダムにすぐに到着。

 2011年の完成、真新しいのは当然。


堰堤は、曲線ではなく、「く」の字に曲がった変わった形をしています。

上流、「鳴滝湖」。

渇水状態だった下流のダム湖に比べ、水が満タン。


下流。

 ちょろちょろ放水中。


さくっと撮影を済ませ、下流のダムへ戻りました。


 黒杭川ダムの管理事務所を訪ねました。
対応してくれた職員さん、僕が原付で来たことにとても驚いてくれました。


以上で、ダムカードをいただけるダムの見学は終了です。


次の目的地は岩国。

錦帯橋まで、一気に北上します。

ナビは、玖珂町を経由する内陸ルートを提示してましたが、海に出る県道149号線ルートにしました。

10分ほど走ったとき、左側にダムが現れました。


石井ダムと云う名のダムでした。

 ロックフィルみたい。


下流は公園になってます。

ダム湖。

石井ダムはダムカードを発行していません、残念。


山間に点在する由宇町の集落をいくつもすり抜け、国道188号線へ。

あ、途中、もう少しで国道に出るって下り坂で、スピード取り締まり、やってました。

でも、反対車線側での取り締まりだったので、正直、事なきを得ましたが、
物陰でレーダー測定をしている警察官のちょうど目の前で、ドリンクホルダーからペットボトルが、なぜか落下。

慌てて停車し、拾いに戻ったとき、警察官と目が合って、ちょこっと笑われちゃいました。

なにも悪いことしてないけど、なんか、ばつが悪いというか、恥ずかしかったぁ (^_^;)


山陽本線と海岸線と平行して走る国道188号線を北上。

岩国の町に入る直前、ナビの誘導に従って左折し、バイパスへ。

山沿いに迂回し、町の中をほとんど通らないルートで錦帯橋入りしました。


つづく。

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岩国へ 百名城・岩国城とダムカードの旅 2
2017 / 09 / 22 ( Fri )
 定時に柳井港、到着。

今回の旅の目的は、ダムカードと岩国城観光ですが、まずは、ダムカードから。

船からも見えた周防大島のダムに向かいます。

港のすぐ目の前を横切る国道188号線に出て東へ。

海岸線に沿って走る気持ちのいい道。



出発したばかりですが、道端の銅像が気になって一時停止。

維新の里 やない 月性

 月性は、周防国遠崎村(現在の柳井市)に生まれ、清狂(せいきょう)と号した。
詩文に通じ、海防護国を唱え、私塾「清狂草堂」(時習館)を開き、久坂玄瑞、世良修蔵、赤禰武人ほか多くの優秀な人材を輩出した。

 武士のみならず、広く一般民衆に対しても、外国の脅威から自国を守る海防の重要性を説いた月性の言葉は、幕末の人々の心に【国民(当事者】という意識を創出し、身分や地位の壁を越えた国を想う力の結集が、明治維新の大業へと繋がっていった。



月性…、どこかで聴いたことがるような、ないような。

 再び、海岸線を東へ。

船でくぐった大島大橋がどんどん大きくなって、丁字路を左折し、右カーブしながら坂道を上ると、
 大島大橋の起点です。

全長1020mの3径間トラス橋の大島大橋が開通したのは、昭和51年(1976)。

当時は有料道路でしたが、平成8年から無料開放となったそうです。

橋は、松山市の中央2丁目から山口県玖珂郡玖珂町まで通じる国道437号線の一部です。

 よく見れば、古めな鉄骨。

 周防大島へ。
突き当たりを右折し、国道とさよならして県道4号線へ。

のどかさ漂う海岸線を右に見ながら走っていると、周防大島町役場や銀行の支店、小・中学校などが集まった町へ。

「← 屋代ダム」の案内に従って、庁舎以外に高い建物がない町の中を駆け抜け、
ダムから流れてきてる川に沿って走って行きます。

両側から山が迫ってきて、
 緑地化して周囲の自然と同化して見えるダムの堰堤が目の前に。
山口県特有?の黄色いガードレールに沿って、堰堤の左側へ上っていくと、
 トンネル。


堰堤の入口に着きました。

 ダム湖は「屋代湖」だそうです。

 ダムの管理所、でも無人。

屋代ダムのダムカードは、管理所に人が常にいないらしく、ここじゃいただけません。

ここまで来る途中にある「日本ハワイ移民資料館」でいただけます。

 堰堤の上へ。

堤体が緩くカーブしているロックフィルダム。

ロックフィルダムは、岩石を多く使ったダムで、岩の下に水を遮るコアが隠れています。

上流、屋代湖。

下流、遠くに周防大島町の町並みと海。

 緑のスロープがすぐそばに。

あれってなんあだろう?、人工芝のゲレンデみたいなものかな、と気になって見に行ってみました。


倒れちゃってる、ダムの案内看板。


スロープの降り口に、プラスチックのソリが置いてありました。

 全長63m、最大斜度18度の「ちびっ子ゲレンデ」でした。

す、滑りたい!!

でも、登り返すのが大変そうで、汗かきそうだったから、ソリ、やめときました。

ちびっ子のためのゲレンデだしね。



ダムの写真も撮ったし、ダムカードをもらいに下山です。



ダムから3kmほど下り、橋を渡った向こう岸に、「日本ハワイ移民資料館」はあります。


立派な古民家がそっくり資料館になってます。

 資料館の入口に近づくと、
庭の植栽を掃除してた、資料館のスタッフさんらしいおばさんが駆け寄ってきました。

資料館も見学したかったけど、先を急ぐ旅なので、今回はパス。

見学しなくてすみません、な感じで、「ダムカードが欲しいんですけど」と申し出ると、
スタッフさん、全然、笑顔でダムカードを奥から持ってきてくれました。


室内にはたくさんの資料が展示されてました。

ハワイ移民について、実は興味ありありなので、今度、島を再訪したときは、ゆっくり、見学したいと思ってます。


と云うわけで、この旅、1枚目のダムカードをげっと。

 慌ただしく、周防大島を後にしました。


取り急ぎ、橋の上からの眺めを。

 柳井側に戻りました。


つづく。

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