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石鎚山お山開き ニュースあれこれ
2016 / 07 / 02 ( Sat )
昨日7月1日、西日本最高峰・石鎚山でお山開きが行われました。

梅雨まっただ中のこの季節、でも、今年は珍しく雨のない、晴れたお山開きとなりました。

石鎚山のお山開きを伝えるニュースをまとめてみました。


まず、動画もアップされてた、愛媛新聞から

無病息災願う 石鎚山お山開き大祭始まる

石鎚山の険しい岩場をロープで引っ張られながら懸命に上がっていく信徒 西日本最高峰の石鎚山(1982メートル)で1日、本格的な夏山シーズンの到来を告げる石鎚神社(愛媛県西条市)のお山開き大祭が始まった。
「仁」「智」「勇」の3体のご神像を背負った信徒が厳しい日差しの中、威勢のいい声を上げながら頂上を目指した。
大祭は10日まで。

 1日は前日までとうって変わり、朝から抜けるような青空となった。
午前7時ごろから信徒約300人が3グループに分かれ、標高約1400メートルにある成就社を次々に出発。
ぬかるみに足を取られながらも「なんまいだー」「わっしょい」とロープを引っ張りながら走り、鎖の掛かった岩場ではご神像を背負う信徒を息を合わせて引き上げた。

 頂上広場では背中にご神像を押し当てる「拝戴(はいたい)」の神事で無病息災を祈願。
大祭は本殿のご神像を10日まで頂上社に祭る行事で、全国から信徒が集まる。


同新聞では、西条市警察による安全登山の呼びかけの記事もありました。

石鎚登山の安全を啓発 県警、チラシ配布

石鎚山の宿泊施設で登山の安全啓発のチラシを配る警察官 愛媛県の石鎚山(1982メートル)で登山客が集中する石鎚神社のお山開き大祭に合わせ、久万高原署や西条署などの山岳警備救助隊員らが1日、久万高原町の土小屋などで登山の安全を啓発するチラシを配布した。

 今年から8月11日が祝日の「山の日」に制定されることもあり、登山客の増加に対応しようと実施。
土小屋のほか、西条市側のロープウエー駅などで注意を呼び掛けた。

 土小屋では、久万高原署や県警本部地域課の職員が、登山客や近くの宿泊施設の職員にチラシを配布。
白紙の登山届も手渡し、警察官は
「登山の際には提出するようにしてください」
などと声を掛けた。


お山開き大祭期間中のお天気は、比較的、安定している様子ですが、梅雨まっただ中なのは確か。

晴れれば逆に、気温上昇で夕立のような激しい通り雨が発生しやすくなることもあります。

足を踏み外したり、濡れた石で滑ったり、転んだり、足を挫いたり、不意なことに襲われる事態が起きがちです。

濡れた体は低体温症にもなりやすいですから、下山し尽くすまで、気が抜けません。


あいテレビから

石鎚山 山開き

西日本最高峰の石鎚山で1日、恒例のお山開きが行われ、山頂はご来光とともに大勢の信者で賑わいました。

梅雨の時期にも関わらず1日は天候に恵まれ、標高1982メートルの西日本最高峰・石鎚山の辺りは朝の光に包まれました。
お山開きでは早朝、先達と呼ばれる信者達が、仁・智・勇の三体の御神像とともに、山頂をめざし険しい山道を登っていきます。

最大の難所「くさり場」に着くと、信者達はロープに導かれながら急な岩場を一気に駆け上がります。
そして約2時間半かけて到着した山頂では、ほら貝の音が響き渡る中、信者たちはご神像を背中に押し当て、1年間の無病息災などを祈っていました。

このお山開きの神事は7月10日まで続けられ、全国から約3万人の人出が見込まれるほか、2日からは女性の登山も可能になります。



愛媛朝日テレビから

石鎚山でお山開き

1日、西日本最高峰の石鎚山で、夏山シーズンの到来を告げるお山開きがあり、大勢の信者らで賑わいました。
午前7時、石鎚山の7合目にある石鎚神社の成就社では、信者らが見守るなか宮出しが始まり、「仁・智・勇」の3体の御神像が信者の代表に背負われ、境内を練り歩きました。
そして法螺貝と鈴の音が鳴り響くなか、およそ300人の信者らとともに次々と山頂へ向かいました。
最大の難所と言われる山頂手前の鎖場では、御神像を背負った信者がロープで引き上げられながら断崖絶壁を一気に駆け上がります。
2時間以上かけ山頂に到着した信者らは、御神像を背中に押し付けるなどして、1年間の無病息災を祈っていました。
天候に恵まれた今年のお山開き。
石鎚山の山頂では、標高1982メートルの天狗岳をくっきりと望むことができました。
御神像は今月10日まで、石鎚山頂上にある石鎚神社奥宮頂上社にまつられ、石鎚神社では、お山開きの期間中およそ3万人の参拝客を見込んでいます。



テレビ愛媛から

石鎚山お山開き

きょうから7月、西日本最高峰・石鎚山ではお山開きを迎えました。
きのうから一転、朝日がさす石鎚山。
7月に入ったきょうお山開きを迎え、7合目にある神社・成就社では四国4県を中心に集まった全国の信者およそ270人が神事に臨みました。
白装束姿の信者たちは仁・智・勇の3体の御神像を運ぶグループに分かれ勢いよく境内を練り歩いたあと山頂へ出発。
険しい崖を上り頂上を目指します。
そして西日本最高峰の1982メートルの頂きでは、信者たちがご神像を体にこすりつけて無病息災を祈っていました。
石鎚山には夏山シーズン中全国から数万人が訪れるということです。



産経新聞から

石鎚神社で「お山開き大祭」 頂上社にご神像3体鎮座

 西日本の夏の風物詩として親しまれている石鎚神社(愛媛県西条市)の伝統神事「お山開き大祭」が1日始まり、3体のご神像が石鎚山7合目の石鎚神社中宮成就社を出発。
同日、弥山頂上の頂上社に納められた。
大祭は10日まで。

 この日、中宮成就社には早朝から白装束の信者らが続々と集まった。
神事が執り行われた後の午前7時頃、ご神像が1体ずつ納められた白い箱を背負い、信者約300人が勢い良く出発。
エゾハルゼミの鳴き声が涼やかに響く広大な自然林の中を軽快に駆け、頂上直下の断崖絶壁では3カ所計約166メートルの鉄の鎖を一気によじ登った。

 午前10時頃、頂上に到達。
南東に天狗岳(1982メートル)がそびえ、西に瀬戸内海が浮かぶように見晴らせた。
ご神像とともに駆けた徳島県美馬市の西昭和さん(43)は
「天気に恵まれ、快調に到達できた」
と笑顔。
お山開き期間中、成就社で巫女を務める名古屋市の大鹿愛真さん(23)は
「参拝された方の心へ寄り添えるよう励みたい」
とほほ笑んだ。

 頂上周辺は神域の「磐座(いわくら)」をはじめ、小屋、環境に配慮した公衆トイレ休憩所など各種整備事業が完了。
同神社の武智正人宮司(54)は
「新たになった山容に神様も喜ばれ、なお一層のおかげがあると確信しています」
と話した。



そうそう、弥山山頂のお宮の後ろにある磐座(いわくら)も綺麗にリニューアルされたんですよね。

垂れ流しで異臭の原因になってた公衆トイレも改善。

今年はいつ、お山に行こうかな (^_^)


最後に、表参道の重要アクセス、大祭期間中のロープウェイとバスの情報もアップしておきますね。

まず、石鎚登山ロープウェイ(6/28の記事より)

お山開き大祭 まもなくです!

間もなく今年もお山開きの時期がやってきます。

ロープウェイも期間中は早朝より運行いたします。
7/2,3は混雑が予想されますので、整理券によるかいさつを予定しております。

待ち時間も長くなると予想されますので、ご注意下さい。

ロープウェイ運行時間(7月1日~10日)

大祭中の平日 4:20 ~ 18:20
大祭中の土・日 3:00 ~ 18:20



始発は、空が白み始めた時間帯から運行されますね。

最低限、9時までに出発する便に乗れれば、コースタイム上では日帰り登山も可能でしょう。

一方で、最終に乗り遅れると、下山はほぼ不可能、成就の旅館で一泊するしかなくなります。

徒歩で下山できるルートもなくはないのですが、ほとんど利用されない道で、昨年は道迷い遭難も多発しました、
灯りひとつない夜道を無事に下山できる保証はありません。


次、せとうちバスですが、大祭期間中、臨時バスが運行されます。

通常は4往復間隔で運行されていますが、間に臨時便を挟む形で、
上りは8便、下りは、平日運休便も足すと、計10便体制で運行されます。

※以下、青が臨時便。

JR西条駅前発は、7:18 7:47 9:23 10:27 12:30 13:37 14:40 16:23

西之川発は、△6:54 8:13 9:10 10:13 12:00 13:23 15:15 16:13 17:21 18:33
※△6:54が、日曜・祝日に運休されます。

くわしくは、臨時バス時刻表をご覧下さい。

JR西条駅~石鎚ロープウェイ前までの片道料金は、大人 1000円です。


注意点がもうひとつ!

臨時便は、路線バス停留所の一部にしか停まりません!

 JR西条駅前、西条登道(いたに前)、加茂川橋、横峰登山口、極楽寺、石鎚ロープウェイ前、西之川

以上、7カ所。

宿泊先の最寄りのバス停から乗りたい、など、運行ルートの途中から乗車したい場合は、注意が必要です。



と云うわけで、石鎚山お山開き情報でした。
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2015年の夏 玉造温泉 2
2016 / 06 / 23 ( Thu )
島根松江の玉造温泉をお散歩中。

温泉街を歩いて、温泉街の外れにある、
 玉作湯神社を訪ねました。

玉作湯(たまつくりゆ)温泉

 玉作湯神社は、奈良時代の『出雲国風土記』〔天平5(733)年〕に記された古い神社で、式内社でもあります。
玉作りの神櫛明玉命、国造りと温泉療法の神大名持命(大国主命)、温泉守護の神少彦名命の3神を祀っています。

 神社境内は、国指定史跡出雲玉作跡(宮ノ上地区)の一画にあたり、花仙山周辺では最古の玉作り遺跡で、弥生時代末から玉作りが行われていました。
江戸時代には、「湯姫大明神」、「湯舩大明神」とも呼ばれ、藩主の崇敬が厚く、隣接する玉造御茶屋(松江藩の静養施設)に松江藩主が訪れる際には、必ず玉作湯神社に参詣しています。
藩主から神社へ品々の寄進もあり、それらは現在でも玉作湯神社に大切に保管されています。

 明治時代以後、天皇即位の式典に際しては、ここで作られた瑪瑙・碧玉製品が献上されていました。

     平成24年3月松江市教育委員会



 境内へ上がる石段の手前、社務所の前に、

「叶い石」と云う名前のお守りを自分で作ることができる、石と袋がセットになったものが売ってました。

ひとつ、購入し、

石段を登りました。

 石段の右側の小径は、玉造要害山城跡に行けるようです。

 石段の途中に不思議なオブジェ。

玉作湯神社 出雲玉作跡出土品収蔵庫

 古代の住居形ハニワを模した建築で、昭和35年に完成しました。
鉄筋コンクリート平屋建、約20㎡の広さがあります。

 この中には古代玉作りに関する資料約700点が収蔵されています。
各種の玉類未成品と玉磨き砥石からなり、そのうち玉類184点、砥石162点、古代ガラスー括は、昭和14年と33年に国の重要文化財に指定されています。

 古くからの伝世品を除くと、大部分が町内の玉作り遺跡から採集されたもので、住民が発見の都度神社に奉納したものです。
収集は明治以降のことですが、文化財の保護に深い関心を寄せられた玉作湯神社歴代宮司の熱心な指導によるものです。

 玉作湯神社は、玉作りの祖神とされる櫛明玉命のほか、湯神2柱を祭神としています。
(収蔵庫見学希望の方は宮司宅までご連絡ください)

    昭和59年11月
     玉湯町教育委員会



 境内。


狛犬コレクション。

 拝殿。

 さっき買った「叶い石」のセットの中身です。
願い事を書く紙と、袋、石が入ってました。

では、お守りの作り方です。

まず、2礼2拍手1礼で、拝殿にお参りします。

 拝殿横に御神水が出ている場所があります。
こちらの御神水で、セットの中にある叶い石を洗い清めます。

しめ縄が巻いてある石に叶い石を触れさせ、神様の力を吹き込みます。

 拝殿に筆記用具が置いてあるので、セットの紙に願い事を書き込みます。

紙は複写式になっているので、一枚は拝殿の願い札入れに投函、もう一枚は、叶い石と共にセットの袋に入れます。

以上でお守りのできあがりです。

願いが叶ったら、叶い石は神社に返納し、お祓いしてもらいます。

僕も、作法に従ってお守りを作りました。

叶いそうもないことをお願いしたので、まだ、神社に返納できてません。

 神様、よろしくお願いいたします。。。。


神社を出ると、温泉街は夕闇に中でした。

 来るときにイベントの準備をしてた場所は、お祭りが始まっていました。

 ヘンテコなゆるキャラがいました。
安来市のイメージキャラクター、「あらエッサ君」だそうです。

どじょうすくいの安来節に出てくる、♪アラ エッサッサ~、から来てるみたい。


河原のステージでは、ライブ演奏中。

もう少し、お祭り気分を楽しみたかったけど、温泉入って松江まで帰らなきゃならなかったので、
イベント会場のすぐ近くにある、
 日帰り入浴施設「玉造温泉ゆーゆ」へ。

すでに2度目の訪問です。

 → 玉造温泉ゆーゆ


玉造温泉のお湯は、美肌の湯で有名で、化粧品にも使われる潤い成分「メタケイ酸」が豊富で、
まさに、天然の化粧水の温泉なのです。

さらに、道後温泉みたいに、弱アルカリ性で、角質や汚れを落とす石けんのような効果もあります。

ここ、「ゆーゆ」は、立って入れる浴槽があって、ほかのお客さんがいないときに、こっそり、潜ったりして、
全身で美肌の湯を楽しめるので、好きになりました。

一日経ってもお肌、つるつるしてるし、地元の人は、毎日でも入れて、羨ましい限りです。

玉造温泉街には結構高い料金の温泉旅館やホテルがあるけど、
美肌の温泉と縁結びのパワーに惹かれ、途切れず、お客さんが来るんだろうなぁ。


玉造温泉に関しては、温泉旅館協同組合のサイトが詳しく便利です。

 → 玉造温泉旅館協同組合


美肌の湯をたっぷり肌に染みこませ、夜8時前に「ゆーゆ」を出ました。

前の河原ではまだ、お祭りイベントしてました。


夜のヤマタノオロチ。

 お月様。

バスは、7時過ぎたらないので、JRで帰ります。

でも、駅はちょっと、遠いです、「ゆーゆ」からだと、2キロ弱、徒歩20分。

 温泉街を過ぎたら、こんな夜道。
前に一度、歩いてるので、迷うことはありません。

 陸橋が近道なのも承知。


しまねっこが待つ、玉造温泉駅から列車に乗って帰ります。


夜は無人駅、松江は次の次、たったの200円です。


ホームは、地下道で繋がってます。

 ホームの端、出雲側に、「西」の文字。

数分待って到着した、米子方面行きの列車は、

名探偵コナンイラスト列車でした。

お隣の鳥取は、「まんが王国とっとり」と題して、マンガを観光や産業の振興に積極的に取り込んでいます。

代表的なのが、「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるのふるさと・境港市の「水木しげるロード」。

米子と境港を結ぶJR境線は、駅も列車もゲゲゲの鬼太郎一色です。

「名探偵コナン」の作者・青山剛昌の故郷が北栄町で、そこを通る列車にラッピングが施されてるのでした。

JR四国のアンパンマン号みたいに、車内までは装飾してませんでした。


 居眠りする間もなく、松江に到着。

 ホーム。

 改札。

ホテルは駅の真ん前。

夕食付きプランでしたが、無事、ラストオーダーまでに帰ることができました。


と云うことで、以上、玉造温泉紀行でした。

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02:37:52 | コメント(回答)(0) | page top↑
2015年の夏 玉造温泉 1
2016 / 06 / 23 ( Thu )
2015年はよく松江出張がありました。

松江の街にも慣れて、松江城も行ったし、松江おでんも味わったし、
仕事終わりにJRに乗って出雲まで足を伸ばし、出雲大社にも参拝したし、
米子の皆生温泉にも入りました。

松江も松山と同じ城下町。

瀬戸内海の代わりに大きな宍道湖が拡がる町です。

だからか、一文字違い以上に居心地のよさを感じながら、夕暮れをよく散歩してました。

去年の夏もまた松江に行くことになりました。

現場は「木次」と書いて“きすき”と読む、山間の雲南市にある町で、ホテルは松江の定宿でした。

1日目の仕事終わりに、松江道、山陰道と乗り継いで帰る道すがら、宍道湖サービスエリアで降ろしてもらいました。

玉造温泉に行きたかったからです。

 宍道湖SAと玉造温泉はとっても近い距離。

宍道湖SAには高速バスの「玉造」バス停もあります。

コンビニがあるサービスエリア。

 敷地の半分は緑化された休憩地になっていて、
玉造の町越しに、宍道湖を見通せます。

ちなみに、玉造の温泉街はこっちじゃありません、反対側、湖岸から2キロ内陸にあります。

このSAもお山の上にありますので、急いで下山開始しないと、温泉にたどり着く前に日が暮れちゃいます。

 下山方法はちゃんと下調べ済み。
SA背後の自由通路から外部道路に歩いて出ます。

 山道を北に下りました。

後でじっくり地図を見たら、南に登って「めのう公園」から遊歩道を下山するコースもありました。

そっちの方がずっと早かったかも。

ちなみに、「めのう公園」はその名の通り、曲玉の原材料・瑪瑙が採れる鉱脈が近くにあるんだそう。


地図を見ながら歩いてて、ショートカットできそうな場所を見つけ、
 道を外れ、踏み跡をたどりました。

 間もなく、クルマが入らないように丸太が塞ぐ林道へ。

 神社の裏に着きました。


湯町八幡宮です。

ヤブ蚊に気をつけながら、2礼2拍手1礼。

 合祀された祠。
 狛犬コレクション。


 山門。
 狛犬コレクション。

 狛犬コレクション。

 暗い石段を町まで下ります。


麓に到着、左の玉湯小学校に沿って車道をまっすぐ進みます。

 玉作川沿いの車道に出ました。

 下流・宍道湖方面。
 上流・玉造温泉方面。
温泉街は、上流に架かる高速道の高架橋より奥にあります。

玉作川沿い、東岸の車道は歩道スペースが確保されてないので、
 西岸の狭い道を歩きます。

 温泉街まで500m。
曲玉が載ってます。


500mくらいたいした距離じゃないけど、スニーカーっぽい安全靴なので、長距離には向いてません。

荷物は着替えと入浴一式、タオルはホテルのを借りてきました。

東岸に移動し、

モニュメントがある温泉街入口に到着。

ここから川沿いに豪奢な温泉旅館・ホテルが建ち並んでいます。

また、クルマがひっきりなしに通る東岸の県道はバイパス状に温泉街の裏に迂回して行きます。

 河原も親水公園に整備されてます。

 道端には、出雲神話を立体化した像が点在しています。
最初は、ヤマタノオロチ伝説。

キングギドラみたいに格好いいヤマタノオロチと、酒壺を持った小太りなスサノオ。

 対峙。

 後ろの円筒に物語が記してあります。

ちなみに、高天原を追放されたスサノオノミコトが、ヤマタノオロチに食べられる寸前だった姫を助ける物語。

酒で酩酊したヤマタノオロチを切り刻むと、尻尾から三種の神器のひとつ、天叢雲剣が出てきました。

無事退治したスサノオは、姫と結ばれ、ふたりの間に生まれた子のひとりが大国主命です。


次に出会ったのは、因幡の素兎の一場面。

八十神にに続いて海を渡ろうとしたウサギが、だましたワニの背中を使って渡ろうとしたけれど、嘘がバレて毛を剥がれます。

八十神に、海水を浴びて風に当たってればいいよと嘘を教え、ウサギは余計に傷ついてしまいます。

泣いてたウサギを助け、治療方法を教えたのが、後から来た大国主命でした。


 曲玉模様のマンホール。

ヤマタノオロチ退治とか因幡の素兎とかの像を見つけ歩く、

「神様さがし」という名前の看板がありました。

その看板の隣は「姫神広場」と名付けられた、
 ちょっとした広場があります。
 姫神さまの像、神様さがしシリーズの像ではありません。

 広場の東屋は、足湯になっています。

神様探して橋を渡り、向う岸へ。

 八十神の迫害神話。

大国主命の兄の八十神はヤガミヒメにふられ、恋敵となった弟の大国主命を2度も殺害します。

1度目の復活に手を貸したひとりが、蛤貝比売と書いて“うむぎひめ”と読む女神で、蛤を神格化した姿を像にしてありました。

 根の国訪問神話。

3度目の暗殺から逃れるため、大国主命は父・スサノオの住む根の国を目指します。

スサノオの娘・スセリビメに恋したがためか、不細工呼ばわり、蛇やハチ、ムカデのいる部屋に寝さされるなど、
大国主命はスサノオにまるで虐待みたいな扱いをされます。

最後、大国主命とスセリビメは刀と弓を奪い、出雲へと駆け落ちします。

 松の湯の前の広場がお祭り準備中。
露店があったり、河原にもステージできてたり、今夜、なにやらイベントがあるみたい。

 前も来た日帰り入浴施設「ゆ~ゆ」。
今夜もお世話になりますが、もうちょっとお散歩、神様さがししたあとで。


大きな曲玉がデザインされてる橋。

ちなみに、この温泉街の間だけでも20近い橋が渡してあります。

 三種の神器がテーマの像。

三種の神器は、鏡=八咫鏡、玉=八尺瓊勾玉、剣=草薙剣。

これらは人の世となってからは歴代の天皇が継承してきたとされています。

実物は天皇も見ちゃいけないそうなので、いまでも本当に存在してるかどうか分からないみたいです。

 大国主の妻問い神話。

よその女に手を出そうとした大国主命に妻のスセリビメが嫉妬します。

二人は歌を送りあってよりを戻し、酒を呑みながらいまでも仲良く過ごしているそうです。


あとで気がついたんですが、三種の神器と妻問い神話の間に、恋山神話の像があったようで、完全に見落としてました。

恋山と書いて“したいやま”と読むんですが、ワニが姫神に恋した物語です。

「鬼の舌震」という景勝地の名の由来は、舌を震わせながら海に帰っていったワニから来ています。


 もう一度、スサノオの像をよく見て下さい。

どこかで見たことがありませんか、この顔立ち?

奈良のゆるキャラ「せんとくん」と云えば、そう!そう!ってなりませんか。

神様さがしの像は、せんとくんをデザインした籔内佐斗司氏の作品だったのでした。


 温泉街の奥にある玉造温泉行きバスの終点。

旅館街もここいらまで。

 河原ものどかに。

 ゴイサギもいたり。


河原の東屋は、「湯閼伽(ゆあか)の井戸」、通称・恋来井戸。

コイのエサが売ってて、川にエサを下げ入れると、鯉(恋)が現れる、近づいてくる、縁結びポイントでした。

 温泉街を振り返って。


肌にとってもいい温泉水が無料で汲めるスポットが角にあります。

テイクアウトできるように、ボトルが有料で置いてあります。

 「出湯の歴史ゾーンマップ」。


つづく。

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2015年5月16日 8 ご開帳と葵祭と姫路城の旅 5日目 岡山・岡山城 3
2016 / 06 / 22 ( Wed )
岡山城天守閣の最上階で展望を楽しんだ後、
 降りながら、各階の展示物を見て行きました。

5階。
宇喜多直家の歩みを紹介するコーナーがあるほか、

金のシャチホコを間近に見ることができます。

 アップで。

 階段で降りて、

 4階。

 「烏城七不思議」。
岡山城にまつわる不思議なお話を紹介。


3階にでは、宇喜多、小早川時代の岡山城の歴史を展示しています。


2階では、池田氏が城主だった時代の調度品や城主直筆の書などが展示してあるほか、大名駕籠に乗って記念撮影ができたり、

 城主の間で、お殿さまやお姫さまの衣装を身につけることもできます。


2階には、往時の町並みを再現してあり、ぷちタイムスリップ。

 土ひねり体験ができる備前焼工房があったり、軽食コーナーな茶店があったりします。



と云うわけで、岡山城城内の見学は以上です。

 左側の建物は「塩蔵」と呼ばれる別の櫓。
渡り櫓なしで直接、櫓が天守閣にくっついているものは「複合式天守」と云います。

 塩蔵と観光ボランティア案内所の間に、

 下れる道があります。


くぃっと左にターンして、表向・中の段に降りられます。

 廊下門で上がったすぐ横にあったスロープがそうです。

 丸と四角の狭間。

 廊下門から出て、岡山城を後にしました。


さて、松山行きの高速バスの最終まで、1時間。

岡山で一番お気に入りのラーメンを食べてから、駅に向かいます。


石山公園。

岡山城二の丸(西の丸)跡

 丸の内地区に見られる古い石垣は、1590(天正18)年の宇喜多秀家の築城に始まり、寛永年間前半(1630年頃)の池田忠雄の城普請まで、4代の城主によって完成をみた岡山城の城郭の跡です。
この地は武家の郭から町人の城下町の三の曲輪へ、内堀を渡って通じる要衝をなしていました。

 この説明板の後の石垣はこの丸の北西部を固めた西の丸の北側にあたります。

 石垣の西側に重層の北西隅櫓を構え東側に渡櫓門造りの北門を備えていました。

                  岡山市






マンホール・コレクション。


西へ歩いて行くと、岡山電気軌道の電車が走る桃太郎大通りに出ます。

柳川交差点で左折し、路地を1本越したところに、岡山に来たら必ず立ち寄る、
 金八ラーメンさんがあります。

出張で来たときに見つけて、以来、岡山で列車を乗り換えるときとか、わざと1時間遅らせて、食べに来たりしてます。

メニュー。

注文するものは決まっています。


でっぷりとした豚の角煮が乗った太肉ラーメンです、夕食と云うことで、ライスも頼みました。

繊維までほぐれるくらい、美味しく煮込まれた太肉が絶品です。

松山にもあるといいのに、ラーメンじゃなくても、この太肉だけでもいいから…。

美味しく平らげさせていただきました。


バスの出発まで、残り30分。

桃太郎大通りをのんびり歩いて、駅まで戻りました。


岡山駅東口。

信号が変わるのを待って渡るのも時間がもったいないので、地下道で駅まで行くことにしました。

 駅地下の改札。
去年の旅じゃ、暑くて、ここでしばらく、涼んでたっけ。


地上に戻り、駅のコンコースを抜け、西口へ。

発車15分前に高速バスのターミナルに到着。

のどが渇いたので、ジュースでも…と思い、待合所に行ったら、自販機が一台もない…。

そんなぁ!って感じで、外に出て辺りを見渡したけど、見当たらない。

そのうち、バスが来て、あきらめました。

 18時10分発、松山行き。

荷物は外で荷物室に入れましたが、隣の席が空席だと分かったので、取り出して一緒にバスに乗りました。

この旅、最後の乗り物は、時間通りに出発しました。

夕暮れた空の下、バスは四国を目指してひた走り、瀬戸大橋を渡ったときには、夕闇が迫っていました。

 この旅、最後の写真。

20時30分頃から、川内インター、松山インターと停車し、少しずつ、乗客は降りてゆきました。

ほぼ時間通りの20時50分、大街道に到着。

まだ何人かの乗客を乗せて、バスは去って行きました。

近所のセブンイレブンでアイスを買い、21時過ぎ、帰宅しました。


長野は善光寺のご開帳に戸隠神社、京都は京都御苑、姫路の姫路城、岡山は岡山城、
たった5日間とは思えないほど、充実した盛りだくさんの旅でした。


ちなみに、交通費と宿泊費だけで、4万円ちょっとかかりました。


以上で、5月の旅、終了です。

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2015年5月16日 7 ご開帳と葵祭と姫路城の旅 5日目 岡山・岡山城 2
2016 / 06 / 22 ( Wed )
 真っ黒い外観の岡山城の中に入ります。

 大人の入場料は、300円、安いです。
後楽園や林原美術館、オリエント美術館とのお得な共通券もこちらで買い求めることができます。

入場時間は、9時から17時です。

 入城口。

 入って右側に券売場があります。

 その奥には、岡山市の観光情報コーナー。


ちなみに、この入城口のあるフロアは、1階ではなく、石垣の中に位置するので、地階になります。

2層の大入母屋基部をふたつ重ねた上に、2層の望楼部を乗せた形をしている、3層6階建ての望楼形天守閣で、
 最上階は6階ということになります。


 「戦国合戦絵巻」と題した展示物。
宇喜多直家が戦国大名に出世するまでの歴史や、秀家の生涯、秀家と豪姫の子供に関する資料のほか、
国盗り合戦や秀吉による備中高松城水攻めなどを音と映像で紹介しています。

 中央にエレベーターがあり、4階まで行くことができます。

エレベーター横の展示物は、金のシャチホコと火縄銃。

 5、6階は階段で上ります。


と云うことで、一気に4階まで上がり、あとは階段で6階まで上がりました。


 6階・最上階。
内部もシックな造りです。


岡山城も残念ながら回廊がなく、このような格子の入った窓からしか、外を眺められません。

それぞれの窓には、方角や、窓から見える街がシルエットで紹介されています。

南西から南東にかけてのパノラマ。


東側、左から右へ蛇行する旭川。


北側、後楽園方面。


北西側の眺め。


撮影してる間に、僕ひとりだけになりました。

後楽園を見下ろして。

 「岡山名所案内」。

 中央の階段。

小さい窓からパノラマを鑑賞したら、あとは下りながら、各階の展示物を見て回ります。


つづく。

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17:16:44 | コメント(回答)(0) | page top↑
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