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とびしま海道 うろちょろりん 3 大崎下島 豊浜大橋 豊島大橋 蒲刈大橋
2017 / 02 / 01 ( Wed )
岡村島から三つの橋・オレンジラインを渡り来て、大崎下島に上陸しました。

 平羅橋を渡りきった場所は丁字路になっています。
呉まで、どれくらい時間がかかるのか分からなかったので、次の橋まで近い北回りのルートへと右折しました。

けれど、後で分かったのですが、観光的には右折した方がいいのでした。

平羅橋から3キロ弱の場所にある御手洗地区がそのおすすめの場所です。

御手洗は、江戸時代、潮待ち、風待ちの港として、北前船や交易船の寄港地として栄えました。

当時の面影を留める歴史的な街並みが残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。

坂本龍馬、西郷隆盛、吉田松蔭、シーボルトなども訪れた歴史ある場所だったのでした。

御手洗地区だけでも寄り道する価値大なのでした、残念。


島の北側を進みました。

来島海峡などに比べたら、流れもない穏やかな海面。


休憩地点のような場所で一息。

 とびしま海道もサイクリングロードとして楽しまれているようです。


向かいに見える島は三角島。

 瀬戸の島は透明度が高いですねぇ。

豊島や豊浜大橋が見えてきました。

豊浜大橋はこれまた一段と姿が異なりますね。

 もっと近づいて。

豊浜大橋のたもとには日本一のジャングルジムがある架橋記念公園もあったりします。


豊浜大橋も農道橋で、橋長が543.0mの鋼鉄製のトラス橋です。

南側の眺め。

北側の眺め、写真左の町並みは豊島の豊浜地区。

 豊島に上陸。
上陸してすぐは三叉路になっていて、右に行くと豊浜地区をスルーするバイパス路、
 左に下り、橋をくぐると豊浜地区に至ります。

 豊浜で見つけた「アビ鳥保護のお願い」。
アビ鳥と云う鳥は広島の県鳥で、絶滅の恐れがあるとのこと、この辺りの海域で越冬するそうです。

 町を抜けると静かな海岸線。

島の北側を回り込むと、上蒲刈島と豊島大橋が見えてきました。

海なのに、湖みたいに静かな海面で、島影がきれいに海面に映ってます。

 これまた異なったフォルムの豊島大橋。

豊島大橋には、橋が遠くに見えるくらい離れたところにアクセス路があります。


「アビ大橋」の愛称がある豊島大橋は、橋長は903.2m、いわゆる吊り橋で、農道ではなく、県道が走っています。

 計画では有料道路にするつもりだったそうです。

南側の眺め。

北側の眺め。

 上蒲刈島に着いてすぐ、トンネルへ入ります。

 トンネルの直前、左側に橋を展望できる広場があったので寄り道。

撮り終えた後、トンネル突入。

 トンネルの後は、長い下り坂、まっすぐ、海へ。

島の南側、「恋が浜海水浴場」に到着。
写真奥の岬には「県民の浜」と呼ばれる海水浴場を中心としたレジャー施設があり、
天体観測館もあったり、かまがり温泉「やすらぎの館」もあるそうです、また立ち寄らなかったけど。


島の南岸をず~っと走り抜け、島の西端で坂道へ入り、

蒲刈大橋が見える場所まで来ました。


いまさらですが、「蒲刈」は“かまがり”と読みます、“かばがり”じゃないですよ。



蒲刈大橋の目前、左側に「であいの館」と云う道の駅っぽい施設がありました。

 観光総合案内所です。
 地元の特産品、お土産品が買えたり、喫茶コーナーもありました。

であいの館で一休みし、自販機でジュースを買い、次の島へ。


蒲刈大橋は、再び、農道橋で、橋長は480m、1979年10月の開通と云う古めの橋です。

 鉄鋼製のトラス橋です。

北側の眺め。

南側の眺め。

 右にカーブしつつ、最後の島・下蒲刈島に到着。


つづく。

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21:42:01 | コメント(回答)(0) | page top↑
とびしま海道 うろちょろりん 2 岡村島 岡村大橋 中の瀬戸大橋 平羅橋
2017 / 02 / 01 ( Wed )
岡村島の岡村港に初上陸し、とびしま海道を初体験です。

岡村島は愛媛県今治市に属する島で、平成の大合併以前は関前村の一部でした。

主な民家は港周辺に集中していますが、その家並みが途切れてすぐの距離に、
 展望台への分岐がありました。

 その分岐に「お汐亀松ものがたり」と書かれた解説版がありました。

お汐亀松ものがたり

お汐と亀松の兄弟は、九州築前の国遠賀郡山形村の庄屋太郎兵衛の家に生まれた。
心優しく慕いあいながら育ったが、不幸にもお汐は後妻の子であった。
二人の子どもの成長につれ、お汐の母は、その財産を我が子お汐に譲りたい一心から、亀松さえいなければと、秘かに毒殺をたくらむようになってしまった。

あやしい母の様子にお汐は、その非をなだめ続けたが、母の心を変えることはできなかった。
一方、亀松も母子の気配を感じて悩み続けていたが、慕いよる妹お汐を思うあまり、自らが家を出れば良いと心に決めた。
お汐もまた、母の心の恐ろしさと、兄の心優しさに泣いた。
思いあまった兄妹は、わずかに叔母に心を打ち明け、二人揃って諸国巡礼の旅に郷里を後にした。
長い旅を続け、念願であった信濃の善光寺詣を済ませたその夜、宿で疲れをいやしていたが、お汐は何時の頃からか疱瘡を患う身となっており、旅の疲れも重なってか、突然14歳の短い生涯を終えた。
まだ幼さの残る安らかな顔であった。

亀松は、深い悲しみに茫然自失の体であったが、お汐の冥福を祈って髪を剃り、染衣をまとい、その名を海漚(かいおう)と改めた。
それから、同行二人の心で旅を続け、山を越え、海を渡り、この地、岡村島の観音崎に立ち寄り錫杖を休めた。
やがて数年を経て、木食海漚33歳となり、難船が相次ぐこの地の海上交通安全守護を祈願するため、山上に一字を建立し、岬の岩間に安置されていた救世観音像(伝 弘法大師作)を本尊として安置し、念持佛を前立とした。
そして、自らが堂守りとなり、日夜礼拝をし、観音堂と常夜灯に悲願を託し、安永二年、堂を枕に没した。


「突然14歳の短い生涯を」って…。

子供だけで北九州から長野の善光寺って…。

後ろの防護壁の絵は、今治北高校と新居浜工業高校の生徒が描いた「お汐亀松」のイメージ画の名残でした。


展望台への道は最初は緩やかでしたが、ミカン畑の農道って感じになったかと思ったら、
 山頂に近づくほどに狭く、急傾斜になり、大変でした。
スクーターに乗ったままじゃ上れなくなるほどでした。

 到着っ。


横から見ると、半円状の展望台で、左右に階段があります。

 照明設備もあるようですが、闇夜にあの急坂を上る人がいるの?
海に向かって遮るものがない、見晴らし抜群なテラスです。

テラスからのパノラマです。
霞んでますが、空気がもっと澄んでたら、菊間辺りの海岸線や高縄山系の山並みも見られたはず。

 上ってきた坂、奥は大崎下島。

 さっき船で着いた岡村港の方。

 フェリー埠頭も見下ろせました。

 展望台の後ろに遊歩道があったので登ってみました。

展望台と同じくらいの高さを登ると、
 東屋がありました。

 
東屋の前からの眺めです、ミカン畑の向こうに大崎下島がちらり。


パノラマを一通り楽しんだら、先も長いので、来た道を一気に下ります。

…と思ったのですが、ちょっと下った左急カーブに、個人が作ったようなミニ展望台を見つけ、一時停止。

 「ご自由に」とあったので、入らせていただきました。
ミカン畑の一画、小屋の脇が小ぎれいな小庭のように整備されていて、
大崎下島には橋を三つ渡り、小島を二つ経由することが分かりました。

ゴールの呉までは見通せなかったけれど、そんなに遠くないことは感じられました。


今度こそ下り切り、県道を南下、海岸線をなぞるように走りました。

観音崎という岬をショートカットし、西南向きの海岸に出ました。


観音崎には、先ほど紹介した「お汐亀松ものがたり」の亀松が建立した観音堂があります。

観音様は秘仏で、年に一度のご開帳は、いまでも島民こぞって賑やかに行われています。

 左に大崎下島を見ながら進むと、
これから渡る橋が、小島の間に見え隠れ。

 ここで海岸線に別れを告げ、右折し、奥に見えてる最初の橋・岡村大橋へ向かいます。
瀬戸内海の橋橋は大型船が通過できるよう、海面からかなり高いところに架けられています。


 橋手前の休憩所。 
 東屋には「縁むすび 人待瀬戸」の文字 奥には鐘も。
岡村島と大崎下島との間の海峡は「戸待瀬戸」と云いますが、「人待瀬戸」と洒落た改名がされています。


金属のボックスの中には、縁むすび願いの木札(100円)が入っていて、願い事を書いて吊すことができます。
 たくさんの人・願いがかたかたと風に揺れていました。

 ここを中心とした周辺諸島の案内図。

 岡村大橋。


岡村大橋はアーチ橋の一種、ニールセンローゼ橋で、橋長は228.0m、海面から21.5mの位置に架かっています。

農道整備事業により架設した農道橋であり、日本で唯一、海上で県境を跨ぐ農道橋だったりします。

 きれいなアーチ。


橋の真ん中に愛媛と広島の県境が描かれています。


北側の眺め。

小島が浮かぶ南側の眺め。

県境を越え、広島入り。

 橋を渡った先は、中ノ島。
中ノ島はとても小さな島なので、カーブを越えたら、

中の瀬戸大橋です、橋長は251.0m、海面からの高さは21.5m、岡村大橋と同じニールセンローゼ橋で、農道橋です。

南側の眺め。

北側の眺め。

次の島・平羅島もとても小さいので、
 すぐに平羅橋です。


岡村大橋、中の瀬戸大橋と同じ農道橋ですが、造りはまったく異なり、平羅島の側にのみ主塔がある片吊り型の斜張橋です。

とびしま海道の架橋のうち、一番小さい橋で、橋長は98.5m、この橋だけがコンクリート橋です。

南側の眺め。

北側の眺め、奥には初崎と云う名の岬が海峡を横切るようにせり出しています。

 大崎下島に上陸です。

ちなみに、ここまで渡ってきた三つの橋は「安芸灘オレンジライン」と愛称されています。


つづく。

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