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新居浜の銚子の滝とコガノキを見に行こう! 6 稲荷山へ行こう!
2017 / 02 / 09 ( Thu )
銚子の滝は無事、見物できたものの、コガノキにはたどり着けず、後悔半分。

山道を麓に向かって下りました。

高速道路の高架が見えた辺りで、往きに見た「稲荷山公園・遊歩道」の文字を思い出していました。

見られなかったコガノキの代わりになるかなぁ、と思いながら、高架をゆっくりくぐりながら、
まったくのよそ見運転ですが、向こう岸を見ながら走っていたとき…。

高速道路の脇に、一瞬、鳥居が見えました。

鳥居?

途端に、うわっと何かを思い出し、急ブレーキ、路肩に停車しました。

仕事でよく、松山道を行き来するのですが、松山に向かって帰る車内から、
新居浜から西条辺りの側道に鳥居が立っているのを何度となく目にしていました。

山裾を走る松山道・高松道沿いに神社の類いは珍しくないのですが、
あの鳥居の前後には神社のような建物がなく、ただただ、鳥居が側道をまたぐように立っているのです。

 ストリートビューにもちゃんと写ってます。
 この鳥居が、ずっと気になっていました。

もしかしたら、あの鳥居かも!
 少し下ったところに架かる川口橋を渡って反対岸へ移動。

 高架の下へ。

 急坂な側道を上がってみました。


すると、急坂は突然、階段に変り、その階段の上にあの鳥居がありました。


これ、これ、この鳥居が気になってたのよ~~~!

 とは云え、鳥居の先にはただ側道があるばかり。

 鳥居のちょっと先に、仮設足場の階段はありました。

 お社はお山の上にあるのか?
そう云えば、「稲荷山遊歩道」って案内も見たし…。

と云うわけで、もう一度、お山歩です。

 場所はここです。

高架の下にスクーターを駐め、
 遊歩道へ。

 すぐに登山道の分岐がありました。

 でも、往きに見た赤い橋も気になって、分岐をスルーして先に進むと、
 赤い橋、「長渕橋」があります。


橋から見た上流、下流。

 登山口に戻り、お山へ。

 階段に密生してたキノコ。


ジグザグしながら高度を稼ぎます。

 高速道路と同じくらいの高さに。


北斜面を斜めに登って行きます。

 高速越しの町並み。

 高速の柵の辺りで道が分岐します。

 分岐のひとつは下る階段。
鳥居から始まってたあの階段は、やっぱり、ここに通じていたのです。

 もうひとつは、奥の森に通じています。


くいっと左に折り返す、手すりの付いた道を登ります。

 折り返し。


折り返すと、右上に、小屋がありました。


手すりを伝っていけば、自然とお社の前にたどり着けました。


稲荷山山頂の神社に到着しました。

 鳥居の扁額、「須和大明神 登之神社」。

須和大明神…? 登之、との…? どこかで見聞きしたような…。

 扉を開けて、お詣りさせていただきました。

 境内にあった記念碑。
刻まれていた文章を読んで、さっきの「?」が一気に氷解しました。

登之神社 須和大明神 遷宮記念碑

吾等の先祖並びに守護神として崇敬せし神社も時の流れに押やられ昔日の繁栄をしのぶよしもなく今は住む人もなき山里大野山上ノ成に荒れるにまかせ風雨にさらすにしのびず氏子等一同相はかり協力してここ川口の郷はぜ山のいただきに新社殿を造営し遷宮したことを記念して此の碑を建立する

昭和54年5月吉日



大野山上ノ成の須和大明神…。

カゴノキを見に行った山中でたどり着いた上ノ成集落跡のお社の名残、
 ここにあったお社を移したのか!
あちらでは「諏訪」だけど。

「おとのさん」は「登之神社」の愛称だったのかな。

まさかの偶然の出会いに、膝ががくがくぶるぶる…。

神様が帰りに寄りなさいって、僕は導かれたのかなぁ。

不思議な縁を感じずにはいられませんでした。

そう思うと、半ばあきらめかけていたカゴノキにめっちゃ、会いたくなりました。

とは云え、いまから引き返す時間はありません。

今日のところはひとまず撤退、後日改めて来よう。

山頂から。

神社に一礼し、お山を下りました。

 下りは階段で。

 大きくカーブを描く渦井川。

 西条市街もちらり。


階段ですが、杭が石段より飛び出していて、つま先に引っかけたら、転落間違いなし、めっちゃ、危ない。

 手すりをずっと使って下まで降りました。


鳥居をくぐり、側道を下ってスクーターへと戻りました。


後日、再訪した際に撮影した稲荷山。


と云うわけで、この日の記録は以上です。

このあと、まっすぐ、桜三里を越えて戻り、川内のさくらの湯に入って、旅の疲れを洗い落として帰りました。


後日、再訪し、カゴノキを目指したお話については、延長戦にて。

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21:00:08 | コメント(回答)(1) | page top↑
新居浜の銚子の滝とコガノキを見に行こう! 5 上ノ成
2017 / 02 / 09 ( Thu )
コガノキを見に行く途中、大きなカシノキを見て感動、さらなる感動を求め、林道をさらにさらに遡行。

通り過ぎちゃったかな?と心配になるくらい、カシノキから1.5kmほど、くねくねカーブ連続する林道を走りました。


右カーブの内側に、カシノキのときと同じ白い標柱がありました。

スクーターを駐め、まじまじと標柱の文字を読むと「コガノキ 右入る800m」とありました。

は、800m…。

道の状況にもよりますが、山道の800mは、なんとな~く行ける距離のぎりぎりです。

正直、お山歩できる格好でもなかったし、躊躇しました。

でも、せっかく来てるんだ、「巨樹」のキーワードが背中を押して、さらにお山に分け入ることにしました。


標柱脇の踏み跡状の小径に入って行きます。

スギやヒノキの枝が積み重なり、柔らかな地面を踏みしめながら、坂を登りました。

 左側の林の中に古い石積みが点在していました。
ここいらにも集落があった証しです。

 道が左に曲がる場所で、イノシシのお風呂・ヌタ場を発見。
切り株になすり付けられた泥は乾いていたので、昨日今日の利用はなかったみたい。

 ヌタ場で左折し、石積みの横を進みます。
この辺りでもう、道が草木に埋もれて分かりにくくなっていました。

目をこらして、道の痕跡をたどると、道は右にカーブしていました。

 そのあと、右下がりの斜面を横切りるように登ります。

けもの道か、人道か、悩ましい場所もありましたが、目が慣れてくると、はっきりと区別できるようになりました。

昔取った杵柄、ってやつです。

整備された登山道のないお山を百以上登ってきた経験がすぐに役に立ちました。

でも、たどってきた道が正しかったと確信できたのは、
 この橋に出会ったときでした。
イノシシは橋なんか、架けませんから。

150kgまで耐えられる橋でしたが、

二つ目の橋が、なんと、崩落していました。

小さな沢に架かっていましたが、土砂崩れの直撃を受けたのでしょう。

揺らしてみましたが、しっかりしていたので、そっと足を乗せ、渡ってみました。

揺れもズレもせず、最後だけ、90度近く横倒しになっているので大変でしたが、
倒木や鉄骨に足の置き場を見つけ、ちゃちゃっと渡り切れました。

 対岸は斜め右に登りますが、道はうんと狭くなっていて、路肩は崩れやすく、脆く、足下注意でした。

 シダが覆い、道が分かりづらい…。
と、思ったら、道は急に左折して上に向かって登り始めました。

ここしばらく、お山歩してなかったので、また汗がにじんできました。

ジャケットとか防風ヤッケパンツとか履いたままで来てしまったことを後悔し始めてました。

辺りは鳥の声しかしなくて、しんと静まりかえってます。

野ウサギとか、きっといたんだろうけど、急に現れた侵入者に警戒して、物陰に隠れて息を殺してるに違いない。

イノシシなど野生動物と出くわさないよう、時時、奇声を発して歩きました。


縦に伸びていた道は、再び出現した石積みの前で右に折れました。


このまま横移動が続くのかと思ったら、
 また、縦移動。

首回りとか汗がにじんできたので、ジャケットやら、脱げるものは脱いで、道端の灌木に引っかけて置いてきました。

先の石積み以降、集落の跡地に入ったようで、
 往事の名残、石畳も所所にありました。

この道は、昔の生活道の一部だったようです。

 板状の岩で道の両端を縁取った場所もありました。

傾斜が緩やかになり、家が建てやすく、畑も耕しやすそうな地形になり、
 石垣の角を通り過ぎると、

横に長い規模の大きな石積みが現れました。

もうそろそろ、800mくらい、歩いてきたと思うのですが、いまだ、大きな木には出会っていません。

下の神社にあったカシノキのように、コガノキもあるとすれば、この集落の中にあるような…。

周囲をきょろきょろ見回したのですが、濃い人工林に阻まれ、それらしいものは見つけられませんでした。

どこかで道を間違ったのか、見落としたのか、それとも、通り過ぎてきたのか…。

横に長い大きな石積みの上に登り、きょろきょろ。

 山上に向かって右の方に目をこらしたとき、一瞬、木立の中に常夜灯が見えました。

見間違いかもしれないと思いつつ、林の中を歩いて行くと、
 見間違えじゃなく、ホントにありました。

 一辺数m四方の平地、あきらかにお社の跡です。


「おとのさん 諏訪大明神 神社址」の石碑がありました。

お社は欠片もありませんでした、廃村と同時にどこかの神社と合祀されたのかもしれません。


少し下ったところには、参道っぽい名残をとどめる注連縄柱が立っています。


神社址のすぐ横に唯一、廃屋が一軒だけ残っていました。

写真奥の方は屋根が落ちてしまい、間取りが分かるくらい、雨ざらしとなっていました。


この辺りは、「上ノ成」と呼ばれた集落がありました。

新居浜は別子銅山で有名ですが、ほかにも鉱山があり、上ノ成も鉱山夫らの町として賑わったそうです。

多いときは2、30軒の家が立ち並び、少し下ったところに小学校もありました。

閉山とともに過疎化が進み、昭和50年頃に廃村、無人となったようです。

 生活の跡も少し残っています。


廃村風景に出会うと、様々な思い、考えが心に去来します。

明治維新以降、急に世界の荒海に放り出された日本人は、西欧列強に追いつけ追い越せ、
乏しい国内資源・エネルギーを補うべく、産めや増やせやで得た人力と精神力でどうにかやりくりしつつ、
環境破壊すら見て見ぬふりして、100年ずっと駆け続けてきました。

山間にあった寒村も時代の恩恵を受け、数百人の大所帯に成長した地域もありました。

けれど、石炭から石油へエネルギー政策の転換で鉱山が次々と閉山、輸入木材の増加による林業の不振などで、
新居浜、西条の山塊に点在していた多くの山村共同体は廃村、よくても過疎化に追い込まれて行きました。

それはある意味、日本が一番元気だった、上り調子だった時代の終わりでもありました。

時代の終わりは夢の終わりのようにも感じます。

植林された家の跡地が、刻々と自然に飲み込まれ、順調に自然に還っている風景を目にしていると、
人口すら減少に転じたいま、郷愁な心持ちをあえて抑えて云わせてもらえれば、
人と自然の関係がようやく適正な姿に近づきつつある、そんな気もするのです。

こんな山の中でも、鉱山と云う糧があったからこそ、300人もの人々が生活できたのですが、
そんな無理ができた時代は終わってしまいました。

金の泉を求めて人々が移転した麓の町ですら、泉の勢いに翳りが見え始めると、
シャッター商店街、国道沿いのドライブインの廃墟、侘しい光景が目立ち始めました。

適正にはまだほど遠いのかもしれません。

日本と同じくらいの国土面積でありながら、30分の1くらいしか人口がいないニュージーランドぐらいが、
自然の側に立って見れば適正なのかも。

もし、そんな時代が来たら、面河や別子山村も、ここのような廃村風景になっていたりして。


さて、神社址でもコガノキは見つかりません。

薄暗い林の中を右往左往しているうちに次第に疑心暗鬼になってもきます。

どこかで道を間違ったのか、見落としたのか、それとも、通り過ぎてきたのか。

 上に向かって道はまだ続いていたけど、不安の方が増してきました。

しばらく、お山歩してないと、精神力も萎えてしまって、木陰の道がなんとなく、ちょっと、怖い。

長居は無用か。

引き返すことにしました。


往きに置いてきたジャケットも無事回収。

途中、右左折ポイントで、まっすぐ行きかけたり、不明瞭な踏み跡、けもの道に振り回され、気をつけて下りました。

落ちた橋が見えて、道があってたと一安心。

上りより、下りの方が道迷い遭難が多いものです。

コガノキを見に行かれる方は、気をつけて入山・下山して下さい。

季節によっては、道が草に覆われ、見えにくく、間違いやすくなっている可能性があります。


スクーターにやっとこさ、たどり着き、時計を確認すると、1時間くらい経っていました。


コガノキ、いつかまた…。


でも、心のどこかでは、いつか、って日は二度と来ないかも、と正直、思いながら、山を下りました。


…そのときは、ホント、そのつもりだったのですが、まさか、数日後にまた舞い戻ってくるとは思いもしませんでした。

その延長戦の様子は、またあとで。


つづく。

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16:22:43 | コメント(回答)(0) | page top↑
新居浜の銚子の滝とコガノキを見に行こう! 4 カシノキ
2017 / 02 / 09 ( Thu )
銚子の滝の帰り。

 すぐの林道分岐にあった「巨樹コガノキ →」の文字が気になり、林道へ。

あまり深く考えもせず、なんとな~く、行き当たりばったりな感じで、見に行きたくなったのですが、
そのせいで、数後日、延長戦、はるばるとまた来るハメになろうとは…。

どんな大きな木だろう…、そんな軽い気持ちで、林道大野山小又線を登って行きました。

林道は一部、砂利なところもありましたが、ほぼ、舗装され、落ち葉で滑る箇所もありました。

くねくねカーブする道を慎重に走り、
 分岐から600mほどのところにある急カーブの先で、
 「カシノキ 右入る10m」を発見。
コガノキではないけれど、近そうだし、スクーターをカーブの余地に駐めて、見に行きました。

標柱からすぐ、神社の石段に変わりました。

落ち葉を踏みしめながら石段を登り、
 狛犬がお出迎えする境内へ。

 狛犬コレクション。

立派な狛犬がある神社、境内の規模は、この地域にそれなりの集落があった証しとなります。


鳥居の奥に、小さなお社とプレハブ小屋、立派な常夜灯がありました。


プレハブ小屋は荒れ果てていて、窓硝子はことごとく割れ、中のソファも床も汚れていました。

 左扉がありませんでした、幟も破れてる…。


鏡とかご神体も一見、確認できませんでしたが、ひとまず、この地域の神様にご挨拶、二礼二拍手一礼。

山仕事や不法投棄の見回りなどのついでに来られた方がお供えされてるのかな。

さて、ここに来た目的は「カシノキ」。

まぁ、とっくに気がついていましたが、振り返ると、
 常夜灯のわきに巨樹がそびえています。


「カシノキ 目通り4.1m」


公園などで見かける素直?なカシノキに比べると、ごつごつとした木肌や、胴吹きした枝が千手のように天に伸び、
まさに村の鎮守様と云った姿で境内の片隅に鎮座していました。

 枝が大屋根を形作っています。

この辺りも、お山はスギやヒノキ、植林された森に覆われています。

杣人の貴重な収入源として、伐採された大木もあったことでしょう。

境内という特別な場所に育ったことで、出会えることができました。


つづく。

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14:46:57 | コメント(回答)(0) | page top↑
新居浜の銚子の滝とコガノキを見に行こう! 3 銚子の滝
2017 / 02 / 09 ( Thu )
 銚子の滝、到着。
時々立ち止まり、写真を撮りながら、で、15分で到着しました。

遊歩道はここまでですが、滝はまだ離れています。

 大岩ごろごろ地帯を越え、

更に接近すると、落下する水が巻き起こす風が吹いてきました。

遊歩道から見えた、落ち口にそびえる岩の尖塔もよく見えます。

でも、どうせなら、滝壺まで近づきたい。

大きな岩が邪魔していますが、さほど苦労せずに越えられそうです。

 濡れてないので、滑り落ちることなく、乗り越えられました。

 遮っていた岩がなくなったので、滝壺全体が見渡せます。

青々とした水をたたえた滝壺は広く、ちょっとしたプールくらいあります。

手前には人が積んだかのように岩が堰のように並んでいて、隙間から水が優しく流れ出ています。

滝の落差は30m、冬だから水量は少なめかな。

滝が起こす風に乗って飛沫が飛んできます。

科学的素養のない人がよく使う「マイナスイオンが…」のフレーズが似合う瞬間です。

飛沫が風に乗って飛んでくる場所まで来ても、もっと近づきたくなるのが、滝の魔力。

 岩から岩へ渡って行けば、自然の堰になってる岩まで行けそうです。

岩と岩の距離は一またぎくらいなんですが、せせらぎにある岩は濡れると途端に滑りやすい苔に覆われています。

乾いていても、濡れた靴底で踏めば、途端にぬるぬるりん。

真冬の川には絶対、落ちたくないので、不格好なくらい身を低くして、三点支持を基本に慎重に渡り、到着。

小さい写真だと迫力が伝わりづらいので。


ど~んとっでっかくしてみました!

 滝が起こす風がさらに強く吹き付けてきます。

 振り返って。

しばし、滝をうっとり見ていましたが、常に吹き続ける風のせいで、厚着でかいた汗がぴりぴりと冷えてきました。

帰りもぬるぬる滑る岩に注意しながら、不格好に岩を渡って岸に戻りました。


銚子の滝の「銚子」は、落ち口にそびえる岩が酒のお銚子の口に似ていることから名付けられたそうです。

僕には、尖塔状の岩自体がお銚子そのものに見えたのですが、
名付けられた頃は、倒れたお銚子の口からお酒がこぼれ出ている風に見えたのかな。

 お酒が止めどなくあふれ出てくる、魔法のお銚子ですね。

 滝裏の岩盤。
水に磨かれた岩の表面に、幾筋もの割れ目が走っています。

滝は岩を少しずつ削り浸食し、後退して行きます。

百年後、数百年後には、落ち口の尖塔も滝壺に落下してしまうことでしょう。

滝のすぐ下の急流が銚子の滝と繋がって、もっと巨大な滝になっているかもしれません。

銚子橋が落ちたように、最悪、上流で起きた土石流で、滝そのものが埋まってしまうこともあるかもしれません。

自然は千変万化、地球時間で見れば、滝も生き物のように姿を変えます。

 雲が早い空。
下界はスクーターが横移動するくらい、風が強かったけど、滝周辺はお山に挟まれ、穏やか。

冬の日はすぐに暮れるので、名残惜しかったけど、帰ることにしました。

最後まで独り占めできた滝に手を合わせ、お別れの挨拶をしてから背を向けました。

 帰りは下りなので、楽ちんでした。

 駐車場に到着、クルマは一台も来ていません。

さて、さて。

あとは帰るだけ、途中で温泉によって汗を流して帰ろう…。

装備を調え、スクーターにまたがり、来た道を戻りました。


が。

 すぐの林道分岐にあった「巨樹コガノキ →」の文字が気になり、
林道大野山小又線になんとな~く、入ってしまいました。

この、なんとな~くな判断が、コガノキをめぐる延長戦へと繋がるのですが、それはまた、次回。


つづく。

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新居浜の銚子の滝とコガノキを見に行こう! 2 銚子の滝遊歩道
2017 / 02 / 09 ( Thu )

銚子の滝入口駐車場、仮設トイレの脇から始まる遊歩道を、滝に向かって登って行きます。

徒歩約20分。

でも、お山歩慣れしてる人なら半分くらいの時間で着いちゃうかも。

 丸太のベンチは座りたくないくらい苔むしてます。


程なく、狭い階段が現れ、岸壁に沿うように、一段一段、登って行きます。

登るごとに当然、左側の河原との高度差も増しますので、高所恐怖症気味な人は左は見ないように。

 手すり、と云うか、柵があると安心です。

 軽く下ります。

 下りきると、右の岩盤が少し迫り出し、身をかがめてスルー。

 また上り坂が始まります。
隣の河床は、小さな滝を作りながら階段状に高度を稼ぎ、遊歩道と変わらない高さとなりました。

 柵を破壊するほどの落石。
正直、落石だけは防ぎようがないので、右側斜面にも常に注意を払いましょう。

 奥に壁のような斜面が見えました。
あの壁の下に滝があるのかな?

それとも、あの壁の麓を巻いて行くのかな? (巻く=斜面を横切る)


えっちらおっちら、枯れ葉の積もった階段を登ります、左を見下ろすと、清らかな流れ。

 更に急な階段。
厚着してきたせいで、うっすら、汗をかいてきました。

 奥の壁がかなり近づいてきました。
眼下の渓流をたどると、その流れは左にカーブしてゆき、奥の壁の左にある谷に達していました。

そう思って、奥の壁をよくよく見れば、
 斜面を横切る遊歩道のてすりを発見。

銚子の滝は、奥の壁の左の谷にあるようです。

 柵も木もない、谷を見晴らせる場所がありました。
足下注意で撮影します。

写真左は、いま登ってきた遊歩道、駐車場方向で、写真右は、滝方向の遊歩道。

写真中央右寄りの谷が上流方向で、中規模の滝がいくつか見えますが、銚子の滝本体はまだ見えていません。


滝状に落下する谷部分をアップで。

尾根を回り込んだ途端、河床は急坂となり、縦に流れる川となりました。

もう少し、先に進めば、谷の更に奥まで見通せそうだったので、歩みを進めると、
 尖塔のような岩塊が見えました。

 相変わらず、並んで歩けない、肩幅ほどの狭い階段を、てくてく。

 左を見たら、谷の奥、尖塔の根元に滝が見えました。

 もしかして、あの白い滝こそが…。

やがて、遊歩道は左に大きくカーブしながら、奥の壁を斜めに登り始めます。


振り返ると、ついさっき、奥の壁を見上げていた遊歩道が、木立の中に見えました。

 傾斜が少し落ち着きました。
右に曲がると、

岩盤に固定されたワイヤーが目に入り、更に右に曲がると、立入禁止の看板で規制された小さな鉄階段もありました。


ワイヤーや鉄階段は、「銚子橋」と命名された橋の起点の名残でした。

銚子橋は、平成2年(1990)3月に竣工された吊り橋でしたが、大崩壊により、落ちてしまいました。

遊歩道もずたずたになり、復旧作業が重ねられましたが、吊り橋は修復断念となりました。


この写真は滝からの帰りに気づいて撮った、橋か遊歩道のものだろう残骸です。

巨大な岩塊が乗っかっているように見えます、岩盤の崩落もろとも、吊り橋は崩れ去ったのでしょうか。

吊り橋跡以降は、吊り橋崩落後、新たに設定された遊歩道です。


工事現場などで見られる足場を使って建設された階段を登ります。

 階段を振り返って。

 登り切ると、右にカーブする水平路があって、
 下り階段の奥に、ついに銚子の滝が現れました。

 銚子の滝に到着です!


つづく。

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