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大正時代の槍・穂高リゾート構想
2011 / 07 / 15 ( Fri )
大きな山並み見てると、思いつくことも自然と大きくなるんだなぁ。

信濃毎日新聞から、

安曇野・中房温泉の文書調査 大正期に北ア「リゾート構想」

 安曇野から北アルプスに入山し、山小屋に泊まりながら槍・穂高連峰を周遊する―。
北ア・燕岳の登山口にある旅館「中房温泉」(安曇野市)の経営者が、少なくとも大正時代にはこんな「山岳リゾート構想」を抱き、実現を目指していたことが13日、信大工学部建築学科の土本俊和教授の研究室の調査で13日、分かった。
まだ近代登山の黎明(れいめい)期だったが、燕岳周辺から穂高連峰にかけて15カ所もの山小屋建設を計画する大規模な構想だったという。

 同研究室は中房温泉の古い文書を調べ、同温泉が1921(大正10)年から29年にかけて当時の豊科署や松本営林署に申請した山小屋の営業許可や建設予定地の借地を申請する文書を見つけた。

 計画されていた山小屋は、中房温泉に至る途中に3カ所、燕岳周辺に5カ所、大天井岳周辺に3カ所、槍ケ岳周辺に3カ所のほか、涸沢に1カ所。
8カ所は実際に建設され、中房温泉の経営で槍ケ岳に近い殺生ヒュッテと、槍ケ岳と大天井岳の間にあるヒュッテ西岳の2カ所は今も営業している。
それ以外は、他の山小屋との競合や資金面から実現しなかったとみられる。

 中房温泉6代目の百瀬玄三松(いさまつ)(1863~1923年)は、信濃鉄道(現JR大糸線)の創設者でもあった。
同旅館は大正時代ごろに、絵はがきで同鉄道有明駅を起点として中房温泉から槍ケ岳などを周遊するコースを紹介。
20年ごろには大天井岳から槍ケ岳への「喜作新道」が完成したことなどから、北ア南部を観光エリアにしようとしたらしい。

 大正時代の後半、北ア南部では燕岳山頂付近に燕の小屋(現燕山荘)などの山小屋建設も相次いでいた。
信大建築学科の梅干野成央(ほやのしげお)助教(31)は
「当時、15カ所もの壮大な山小屋計画は全国的にも珍しい。
近代登山が日本で普及し始めたころ、北ア南部を山岳リゾートの拠点にしようとした百瀬家の高い志が資料から見て取れる」
と話している。

 中房温泉9代目の百瀬孝仁社長(54)は「当時は欧米人の宿泊者も多かったので、山岳の周遊エリアをつくりたかったのではないだろうか」と話している。


  中房温泉と周囲の山並み。

登山というものを日本人が楽しみ始めたのは江戸時代で、
でも、娯楽と云うより、信仰対象で、お山はまだまだ修験者のものでした。

万延元年(1860)、イギリスの外交官オールコックが外国人として初めて富士山に登ったのを皮切りに、
明治の夜が明けた開国以降、外国人による登山が盛んに行われ、
“登山”というものが庶民の娯楽の一ジャンルになって行きました。

映画化され、話題になった『劒岳 点の記』の舞台は明治末期(明治39年頃)。
その頃にはもう西洋の道具が導入され始め、
近大登山の黎明期と称される大正時代になると、日本中で盛んに登山する姿が見られ、未踏峰は次々に姿を消していました。

ちなみに、いまでも読まれている山岳雑誌『山と渓谷』は昭和5年に創刊されました。

明治から大正時代にかけて、北アルプスでは上條嘉門次や小林喜作、宇治長次郎ら、猟師がガイドを務めていました。

山小屋の建設も進み、登山道、縦走路が次々に開拓されていった時代です。

我々はその足跡をたどっているに過ぎません。

新たな世界が次々に開けて行く時代でした。

山岳会も次々に誕生していました。

帆布のザックを背負った若者達がアルプスの峰峰を踏み分け、周遊する、
大正時代はそんな壮大な計画を夢想しても全然、おかしくない時代でした。

ちなみに、僕の尊敬する不世出の登山家・加藤文太郎が登山に魅せられたのも大正の末頃で、
北アルプスに姿を見せ始めたのは昭和に入ってからです。

でも、山小屋を次々建ててリゾート構想…と云った辺りは、
絶頂だった頃の西武グループが、志賀と苗場のスキー場をゴンドラで結び、一大リゾートを作ろうとした話を思い出しました。

夢は大きく。

人間の想像することは実現できる、といいますし。

「山岳リゾート構想」かぁ。

学閥・官僚主義がはびこった軍部が暴走した太平洋戦争さえなければ、とっくに実現していたかも知れませんね。
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