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日和山へ行こう! 3.三角点へ (山口から…4)
2014 / 02 / 10 ( Mon )
日和山の山頂は高杉像からもちっと登ったところにあります。

1.陶像の後ろ、山頂方向はこんな感じです。

北側から来る車道を横断し、休憩所の脇を登ると-

山頂っぽい、高いところが見えてきました。

 2.日和山公園と刻まれた石碑。
この石碑がある辺りが登っていける一番高いところなんですが、
最高地点方面は金網でふさがれていて進めなくなっています。
金網フェンスの向こう側は、なんと浄水場でした(日和山浄水場)。
ちなみに、写真奥、浄水池のほとりに立つ砂色の建物は、
旧日和山浄水場事務所(現下関水道局水道資料室)で、国の登録有形文化財に指定されてたりします。

さて、三角点はちょいと西の方へ行った、公園の外にあります。
日和山公園石碑の下の道を進み、
 3.公園の外へ出ます。
海響ゆめタワー越しの眺め。
門司の街の背後にそびえる矢筈山や戸上山をアップで。

 5.フェンス沿いに歩いて行きます。
お山の上まで家が建ち並んでいます。

 6.道の奥に小高い場所がありました。
登ってみると、日本近代水産業の生みの親と呼ばれる国司(くにし)浩助の像がありました。

国司浩助は、長州藩の家老の一族の出で、維新後は英国に渡り、トロール漁法を体得、
日本の水産業の近代化に貢献し、後にニッスイ(日本水産)となる共同漁業株式会社をこの地で興しました。
白洲次郎とも交流があった人物だそうです。

その国司浩助水産顕彰像の左奥に-
 三角点がありました。
 「日和山」三等三角点、標高は64.14mです。

三角点からの眺め、西方面。
彦島方面をアップで。

さて、さて、お昼休憩もお終い。
急いで下山しないと。

下山は、
 3.の分岐から下りました。

 公園横を下り
 狭い路地を歩きました。

坂から海が見える、この感じが下関。
時々、野良猫にも出合いながら(相手にしてくれなかったけど)、どんどん下り、
無事、午後の仕事にも間に合いました。


下関での仕事が済んだ後、夜の山陽道を光市まで移動しました。

出張後半の現場は下松にある日立の工場だったんですが、
新幹線をはじめ、鉄道車両を製造してる工場で、鉄道好きな僕にはウハウハな現場でした。

新幹線だろう製造中の車両がチラ見できたり、
引き込み線の奥に阪急マルーンと呼ばれる紫色の阪急電車の車両があったり、
犬山モノレールを走っていた車両が記念展示されていたり。

でも、機密のかたまり、工場敷地内での撮影は御法度でしたので、写真はひとつもありません。

残念。

最終日は雪が降りしきる中を延々走って松山に帰ってきました。

ということで、お山へ行こう!番外編「日和山へ行こう!」も、
山口に行ってました話も終わりです。

すこしでもお楽しみ頂けましたなら、なによりです (^_^)
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