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青春18きっぷ旅 2 4日目 夕張本町
2015 / 04 / 19 ( Sun )
今度は夕張市役所などがある夕張本町方面へ。

 ホテルのすぐ側にコンビニができてました。
北海道なコンビニ、セイコーマートです。
あの頃の夕張にはなかったけど、この日、夕張で一番お客さんが出入りしてたお店でした。

ホテルのすぐ先で道は二股に分かれていて、僕がよく歩いたのは道道じゃない方の道。
 坂を下ると橋、団地を横目に次に坂を上ると、

当時は小さな商店が建ち並んでた夕張本町、空き地の奥に見えてるのが夕張市役所と旧夕張市民会館。
でもいまは、空き地やくたびれた家、錆びて閉じた店のシャッターが灰色の白の下に並んでいました。
小雨も降り出した通りには人影もまばらで、夕張の現実に次第に心が重くなるのを感じました。

北海道の多くの地名がアイヌ語に由来するように、夕張も鉱泉「ユーパロ」「ユーバリ」が元だそうです。
明治の中頃、石炭の大露頭が発見されたのをきっかけに、炭鉱の町として栄えました。
24もの炭鉱があった最盛期、昭和35年の人口は11万人を越えていました。
「炭住」と呼ばれた炭鉱で働く人たちの社宅が建ち並び、会社が生活のすべて面倒を見てくれたそうです。
もし、生まれるのが20年、30年早かったら、スキー場じゃなく、炭鉱で働いてたのかなぁ。
プロ野球の公式戦や相撲の地方巡業、芸能人の公演なども行われました。
都会とまるで同じ品揃えの商店が建ち並んだ町は、実に活気に満ちあふれていました。
けれど、昭和3、40年代から、国のエネルギー政策が石油主体に変わると、炭鉱は次々に閉山。
もともと、なにもなかったところに石炭が見つかって、多くの人が集まってできた町です。
閉山に危機感を感じた市は、「炭鉱から観光へ」舵を切ります。
「石炭の歴史村」と云う名のテーマパークを55億円も過大投資して建設しました。
「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」の開催も観光路線から生まれたものでした。
やがてバブルが崩壊、ヤミ起債的行為で急場をしのいでいたツケ、異常なまでに膨張した借入金も発覚。
2007年、353億円の赤字を抱えて事実上破綻、自治体の倒産「財政再生団体」となりました。
観光失敗と云う新たな「閉山」で、市民病院を始め、公共サービスはギリギリまでカット。
市民にとってはサービス削減、負担増で、人口も最盛期の10分の1、1万人を切っています。
国自体が借金体質な日本において、夕張が経験したことは他人事ではありません。

 本町4丁目と3丁目の間にある橋、その名も「思い出橋」。

この辺りも、スキー場みたいに深い谷になっています。
この赤い橋、夕張の思い出の一コマとしてよく覚えています、バックは雪景色だったけど。
あの橋のそばに暖かいストーブと美味しいご飯を食べさせてくれた食堂があったから。

 昔よく来た本町3丁目。
この界隈には鰻の寝床みたいな小さな本屋さんや、美味しいラーメンやそばを出してくれる食堂がありました。
たくさんの家や商店が肩を寄せ合うように、道の両側にぎっしぎしに並んでいました。
最盛期はとっくに過ぎていたけれど、夕張イチの繁華街として、まだ普通に営業されてました。
いまは歯抜けたような空き地や修理もままならない家屋も散見されました。
一方で、空き地の間には建て直された家もあったり、行政頼らず自立しようと踏ん張るたくましさも感じられました。

僕がいた当時から、レトロ、と云えば聞こえのいい、昭和な、味のある建物がありました。
それらを見るのもまた楽しみにしていたんですが、多くは取り壊されていました。
よく行った鰻の寝床みたいな本屋さんが跡形もなかったのは哀しかったです。
思い出橋のたもとの食堂もなかった、空き地ばかりで思い出と結びつかなかった。


名画のレトロ看板があちらこちらにある「ゆうばりキネマ街道」。

「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」は、「炭鉱から観光へ」で、1990年スタート。
SF、ファンタジー、ホラー、アドベンチャー映画が中心の映画祭です。
夕張市内の会館やホテルを会場に、毎年、寒い2月末に開催されています。
芸能人や映画監督がゲストで招かれ、夕張駅に降り立つ姿をホテルから見下ろした記憶があります。
リフトに乗り合わせた外国人のおじさんが映画監督だったことがありました。
オレの嫁さんはフランス人女優なんだって、英語だけど、自慢してた。
見たかったなぁ、きれいな人だったらしいから。


この坂道の途中に美味しい「カレーそば」を食べさせてくれるお店がありました。
顔出し看板はなかったけどね。


急坂の途中にあった「藤の屋」さん、平成21年6月に閉店…。
カレーそばは、お蕎麦の上にカレー味のあんをかけたもので、癖になる美味しさでした。
僕は思い出橋のたもとの食堂の方でよく食べてたかな。

ここいらまで、雪道だとスキー場から徒歩で30分くらいかかります。
休みやボードに飽きた出勤前にとか、よく来てました。
なぜ往復1時間もかけて来てたかと云うと、スキー場の社食の食券で飲み食いできたからです。
カレーそば食べて、お土産のおはぎも一緒に食券で払う、みたいなことができたからです。
会社から初めて食券をもらったときに(最初は天引き)、使えますよ、みたいな説明がありました。
どこのお店で使える、みたいな情報はパトやインスト、スキー場で長く働いてる人から聞くのが一番でした。

 坂の先には小さな通り、スナックがたくさんあった通り。
面影はまだありました。


坂の一番上には石切夕張神社に通じる石段があります。

最初の年、仕事に疲れてホームシックになったとき、なにかに誘われるようにこの石段に来ました。
しばらく、石段に腰掛けて坂の上から、雪まみれの夕張の町を見下ろしてました。
すると、ノラ猫たちがわらわらやって来てました。
辺り一面、雪で、肉球も冷たかろうに、どうやってご飯食べてるんだろう、不思議になりました。
でも生きてる、そんなノラ猫たちに元気をもらって、また立ち上がることができました。
そんな思い出の石段です。
 隣にお寺、あったんだ、知らなかった。


石段から見下ろして。
 藤の屋さんの豪雪対策。

本町の繁華街の端にある、
 「ホテル シューパロ」へ。
レースイがリゾートホテルなら、シューパロはビジネスホテル的な宿泊施設です。
夕張市が最初に建て、松下興産→夕張市→加森観光、な歴史。
バイト当時、シューパロの社員さんがレースイの売店スタッフしてたりしてました。

灯りが消えていたので閉館中かと思ったら、節電中の間違いでした。


つづく。


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相生→大阪→福知山→東舞鶴

2日目
東舞鶴→
東舞鶴→小樽
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3日目
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キロロリゾート
キロロ→小樽
札幌→由仁町

4日目
由仁町→夕張
ホテル マウントレースイ
マウントレースイスキー場
夕張本町
石炭の歴史村 石炭博物館 1 2
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夕張~由仁~新千歳~苫小牧
苫小牧東港~

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秋田市内 1 2

6日目
秋田~酒田~新潟

7日目
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長野
長野~松本~穂高
穂高
諏訪~茅野~諏訪

8日目
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八千穂~蓼科
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9日目
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大坂~
~東予港
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