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高松城、丸亀城 3 高松城 3
2015 / 08 / 11 ( Tue )
高松滞在中、お昼ご飯は当然のようにうどんです。

香川のうどん屋さんはほとんど、セルフサービスです。

でも、同じ“セルフ”でも、お店によって方法が異なります。

なので、香川によく行き始めた頃は、入店の際は結構、ドキドキもので、
先客のオーダーの仕方を盗み見て、注文してました。

単純に、「かけ大」と頼んだら、出汁も入ったうどんが出てくるお店がほとんどですが、
麺を茹で、出汁かけるところまで自分でやるスタイルも多いです。

大・小、各サイズのうどんが入ったどんぶりを持って並び、「大、天ぷらひとつ」とか云ってお金を払い、
自分で茹でて、出汁を入れて、天ぷらを乗せて、というパターンは、昔ながらのお店に多いですね。
先に天ぷらを乗せちゃうと、茹でるときに邪魔になっちゃったりしちゃうんですが (^_^)

香川はうどん自体も美味しいけど、天ぷらが種類も豊富で最高!

揚げたての天ぷらがずらっと並んでるお店ほど、繁昌していると云っても過言ではありません。

うどんは「かけ」か「ぶっかけ」の小で充分。

一番好きな天ぷらは、だし巻き卵の天ぷら。
たも屋ってチェーン店でしか見たことないけど、美味しいです。

大抵のお店にあって安定して美味しいのは鳥天、お店によってはカレー味も。

でも、空腹に任せて天ぷらにいなり寿司にってどんどんレイズしてると、
合計 600円、700円、牛丼やコンビニ弁当の方が全然安いって状況になっちゃうので要注意です。


さてさて、うどんの話はこれくらいで。

高松城に行った翌々日、なんと、仕事が丸一日、飛びました。

急遽休みになり、僕は願ったり叶ったりで、朝ご飯をゆっくり食べた後、ホテルを出ました。

行き先は、丸亀。

かねてから行きたかった、そり立つ優美な石垣で有名な「丸亀城」へ。

高松駅に向かう途中、先日、訪ねたばかりの高松城の中を通って行くことにしました。

 今回は「東の門」から。
県立ミュージアムや県民ホールのある側です。

ちなみに、そのミュージアムやホールがある場所は、「東の丸」「米蔵曲輪」と呼ばれた城内でした。

コトデンの踏切を渡って60mほど北へ行くと、
 玉藻公園入口。

 内堀に架かる「旭橋」を渡ります。

高松市内観光案内

源平古戦場 屋島

距離、琴電高松築港駅から、約7キロ、交通機間、バスまたは電車、所要時間、約30分。
屋島は標高293メートル、メサと呼ばれる熔岩台地で那須与一の扇の的などで有名な源平古戦場です。
山上からの展望は内海随一で、四国霊場第八十四番札所屋島寺のほか屋島城跡(南嶺)、水族館もあります。
展望台としては、獅子の霊巌、談古嶺遊鶴亭等があります。

特別名勝 栗林公園

距離、JR高松駅南バスのりばから、約2.5キロ、交通機間、バスまたは電車、所要時間約10分。
栗林公園は高松藩祖松平賴重公から、五代頼恭公に至る約100年の歳月をかけ、造園されたもので紫雲山を背景に松と湧水と石を巧みに配した約24万坪を有する廻遊式庭園です。
(昭和28年に特別名勝の指定を受けました。)

鬼ヶ島(女木島)

距離、高松港から、約4キロ、交通機関、船、(雌雄島海運)、所要時問、約20分。
高松沖合い4キロに浮かぶお伽噺の島で桃太郎の鬼退治の伝説が残ることから鬼ヶ島と呼ばれ、海賊の住家であったと伝えられる謎の洞窟があり、鬼のロボット達が出迎えてくれます。

五色台

距離、高松駅から、約12キロ、交通機関、バスと徒歩、またはタクシー、所要時間、約30分。
五つの峰からなる五色台は、標高400メートルから500メートルの台地で快適なドライブが楽しめる延長9キロのスカイラインをはじめ、四国霊場第81番札所白峰寺、82番札所札所根香寺、白峰御陵(崇徳上皇)、瀬戸内海歴史民俗資料館があります。

法然寺

距離、琴電高松築港駅から、約10キロ、交通機関、バスまたは電車と徒歩、所要時間、約30分。
浄土宗の開祖法然が四国配流のとき、滞在されたまんのう町の生福寺を、松平賴重が高松市仏生山町に移し法然寺と名づけたもので、松平家の菩提与でもあり歴代藩主とその一族の墓があります。




大手

 高松城の大手(表門)は築城当初南側にありましたが、寛文11年(1671)から始まった松平賴重・賴常による東ノ丸・北ノ丸の新造に伴い、城の南東側に移されました。
現在駐車場のある場所はかつて下馬所であり、高松城へ登城する人はここで馬を下りて徒歩で入っていきました。
 城内に入る橋は旭橋と呼ばれています。
橋は堀に対して斜めになっており、敵の直進を防ぎ、側面から攻撃できるような仕組みになっています。
江戸時代には木製でしたが、明治45年(1912)に高松松平家第12代当主賴壽により石橋に架け替えられました。
橋北側の親柱に賴壽による「旭橋」、南側に同夫人昭子による「あさひばし」の文字が彫り込まれています。
 橋を渡ると、旭門と呼ばれる高麗門が見られます。
この門を入ると、来訪者を威圧するかのような切石の石垣による桝形(石垣で囲まれた空間)となっており、左手に曲がるとかつては太鼓門と呼ばれる櫓門がありました。
また、桝形の北側には石垣をトンネル状に構築した埋門を設けています。





斜めに架かる旭橋。

 北側。

 南側、あれは艮(うしとら)櫓。


東の門「旭門」、ここにも料金所があります。

史跡 高松城跡

 高松城は天正15年(1587)豊臣秀吉から讃岐一国を与えられた生駒親正によって、翌16年(1588)に築城が開始されました。
その縄張り(設計)は藤堂高虎、黒田孝高、細川忠興など諸説があります。
生駒氏は4代54年続きますが、寛永17年(1640)に出羽国矢島(今の秋田県由利本荘市)1万石に移されます。
その後、寛永19年(1642)に松平賴重(水戸光圀の兄)に東讃12万石が与えられ、高松城に入りました。
以後、明治2年(1869)の版籍奉還までの11代228年の間、松平氏の居城として威容を誇ってきました。
賴重は、寛永21年(1644)に高松城の改修を開始し、寛文10年(1670)に天守改築、寛文11年(1671)からは東ノ丸・北ノ丸の新造を行い、2代賴常が完成させました。
これに伴い、大手を南から南東へ移し、藩主の住居と政庁を一体化した御殿を三ノ丸に作ることも行われました。
 江戸時代には、内堀、中堀、外堀の三重の堀を有し、約66万㎡(約20万坪)という広さでした。
明治初期に外堀が埋め立てられ、さらに徐々に中堀の一部が埋立てられ市街化が進み、現在約8万㎡のみが城跡として残っています。
昭和29年(1954)に高松市の所有となり、昭和30年(1955)に国の史跡に指定されています。



門の先はお馴染みの枡形な石垣。

 内側から見るとこんな感じ。
写真右奥にあるのは、
 「艮(うしとら)櫓」。

高松城旧東之丸 艮櫓
三重、三階、隅櫓、入母屋造、本瓦葺

昭和25年(1950年)8月29日重要文化財指定

 高松城は、讃岐の国(香川県)の国主だった生駒親正公が築城したもので、生駒氏が寛永17年(1640年)に出羽の国(秋田県)に移封せられた後、寛永19年(1642年)に東讃岐12万石の領主として入府した松平氏が本丸、東之丸、北之丸などを修築し、規模を整えたといわれます。
東之丸は現在の県民ホールのあたりをいい、寛文ll年(1671年)頃より行われた大改修の際、新たに堀を開削して、海に面して新たに構えられた郭です。
 艮櫓は、もともと東之丸の北東の隅櫓として建てられたもので、北東の方角のことを丑寅(艮)ということから、この名前があります。
記録によれば延宝5年(1677年)に完成されたようで、現在残されている月見櫓と同時期に建てられたものです。
昭和40年(1965年)8月に当時の所有者であった日本国有鉄道より高松市が譲渡を受け、国庫、県費の補助金を得て昭和40年10月より工期2年、工事費2,800余万円を費やして解体修理を行い、東之丸の東北隅より現在の旧太鼓櫓跡に移築復元されました。
この移築にあたって、艮櫓の規模に合わせて城内側に石垣の拡張工事を行ったほか、石落しの取付の関係上、建物を右に90度回転させています。
櫓の構造としては南北に大きな千鳥破風を設けているほか、各階の窓の土戸に特異な形状をもち、さらに2、3階には城内側にも銃眼を設けるなどの特徴が見られます。
移築修理の際、この櫓は建立直後に補強的な改造を受けているほか、安政3年(1856年)には、ほとんど解体に近い大修理を受けていることがわかりました。



旭門、艮櫓から西は長方形の大きな広場になっていて、

「桜の馬場」と呼ばれています。

往時は、コトデン高松築港駅のあるエリアまで城内でした。

桜の馬場から披雲閣のある三の丸へは「桜門」を通って行くのですが、現在、石垣の修復中で、
内堀の上に架けた橋で渡ります。
これはこれで楽しいです。

 水面に映った天守台、きれいでした。


披雲閣前の庭園も青空の下で見た方がきれいですね。

で、先日、ハズレたリベンジを。

 タイのエサやり&クジです。


この日のタイたちは、まさに池のコイ状態。
人影に気づいた途端、寄ってくる、寄ってくる!

ガチャガチャで買ったエサを撒いたら…


うじゃじゃっ!! 養殖いけす並の食いつきです!

食いっぷりがあまりにうれしくて、計4カプセル、400円も使ったら…

 アタリ、来た~~っ!

この前、スタンプ捺してもらいに行った披雲閣の受付に行って、「鯛願城就」ステッカーと交換してもらいました

 こんなデザインでち。

タイのエサやり体験は、水門のところでもやってて、

この通り、タイたち、お腹をすかせまくってましたぜ。

えっと、いいお天気だったので、撮り直すべく、高松城の中を歩き回ったのですが、
前回、前々回のお話とダブルので、以下は駆け足でお送りします。

 二の丸。


鞘橋から見た、コトデン高松築港駅。

天守台。

天守台からの眺め、4連発。




披雲閣の庭園。




月見櫓と水手御門。

 西の門。


はい、と云うわけで、高松城を出、列車に乗るべく、高松駅へ。


次回、やっとこさ、丸亀城へ。


つづく。
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