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青春18きっぷ旅 3 4日目 山形城跡
2016 / 01 / 21 ( Thu )
山形城跡のある「霞城(かじょう)公園」を散策。

南側の入口・南門から入園。

 お城のお堀。
城跡をぐるっと取り囲むお堀が現存しています。

東西南北、それぞれにある入口から入園することができます。

お堀を渡った先にある石垣は、

 南大手門跡です。
城跡にはつきものの、石垣と門、櫓で四方を取り囲む枡形になっていて、
 左に直角に曲がります。

 霞城公園案内図。
右に飛び出した部分に、行くのやめた「最上義光歴史館」があります。

都市公園となっている「霞城公園」は、山形城の跡地にあって、総面積は約35.9ha。

山形市郷土館、山形県立博物館、山形美術館、最上義光歴史館などの文化施設のほか、
県の野球場や体育館、武道館なども、お堀に囲まれた園内にあります。

サクラの名所らしいですけど、この日は真っ白な雪桜でした。

雪がもそもそ積もった園内は、観光客もおらず、踏み跡も轍も少なくて、くるぶしまで雪に埋もれる有様でした。

靴の中に雪が入り込まないように、一歩一歩慎重に歩を進めます。

静まりかえった公園。

体育館には人がいるみたい、体育館横の駐車場を歩いてくと、
視界が広がり、山形城跡が現れました。

山形城跡は、ほぼほぼ真っ平らな場所にあって、雰囲気としては皇居・江戸城跡みたいな感じです。

 城跡入口は、「東大手門 →」側。
山形城本丸は、石垣こそありますが、見上げるほど高くはありません。

柵に沿って付いてた踏み跡をたどり歩いてくと、
本丸の入口・一文字門や二重櫓が現れました。

 解説板は雪に埋もれています。
解説板の横から橋を渡って入城できるようです。

まっすぐ正面に閉まった門が見えます。

近づいてみたら、

あらら、冬の間はずっとお休みって…。

いまは年中無休みたいですが、この頃は門や土塀の復元工事が行われていた関係で閉鎖されてたようです。


ここで少し、山形城についての基礎知識。

築城は延文元年(1356)、羽州探題として山形に入部した斯波兼頼が築城しました。

斯波兼頼は、出羽国の戦国大名「最上氏」の初代に当たる人です。

現在の全国有数の規模を持つ輪郭式平城城郭の原型は、第11代城主・最上義光が築いたものです。

俗称の「霞城」「霞ヶ城」は、関ヶ原の合戦の裏で繰り広げられた「慶長出羽合戦」の、
直江兼続率いる西軍の上杉軍が山形に侵攻、東軍の最上義光・伊達政宗がこの地で激突した「長谷堂合戦」にて、
上杉勢からは霞に隠れて城郭が見えなかったことに由来しています。

最上氏は、この慶長出羽合戦にて上杉勢を退け勝利し、計57万石を領する大大名となりました。

しかし、義光の後継争いによる暗殺事件を始め「最上騒動」と呼ばれる内紛が頻発、
義光の孫の義俊の代には家中の信望をすでに失い、元和8年(1622)、幕命により改易されてしまいました。

現在の本丸や二ノ丸跡は、最上家改易後に城主となった鳥居忠政が改築・整備したものです。

その後も城主はころころと11度も変わり、財政も逼迫、お城の維持さえ困難な有様。

幕末の頃には本丸は更地、三の丸などは西半分は田畑となっていたそうです。

現在の霞城公園は、二の丸から内側で、昭和61年に国の史跡指定を受け、平成18年には「日本百名城」に認定。

日露戦争凱旋を記念して歩兵三十二連隊の帰還将兵がソメイヨシノを植林して以降、桜の名所となっています。


雪に埋もれた見学台へ上がってみました。

見学台の上から。

このあたり、動画でも撮り残しています。


お城の左に見えてた建物は県の体育館、右奥にあった鉄塔は野球場のナイター施設。


 城跡の東側にあった県立博物館。
時間に余裕がなかったので見学しませんでした。


城跡にいた間、観光客らしき人は一人旅風な小柄な女性ただ一人。

頭上からは大粒の雪、下は足首までずっぽり埋もれるほどの積雪、そして凍える寒さ、
こんな日に天守閣もない城跡に来る観光客なんて、よっぽどの物好きなのかな。


さて、体もいい加減、冷え切ってしまい、駅に戻ろうと来た道を戻ろうとしたら、不思議な姿の建物が目に入りました。


「山形市郷土館(旧済生館本館)」だそう。

 正面はとても変わった姿、和洋折衷な塔。
 横に回ると、塔の後ろは円形になっていました。
上から見ると、14角形の回廊になっているそうです。

明治11年(1878)、山形県立病院として、明治の宮大工たちが腕を振るい、文明開化の象徴として建築されました。

それから90年を経て、昭和30年代後半、老朽化により、解体の方向で話が進みましたが、
円形の特異な姿、明治初期における木造下見張りの擬洋風建築の傑作である本館は、保存か解体かの論議を呼び、
昭和41年(1966)、重要文化財に指定されたのをきっかけに、昭和44年(1969)、霞城公園内に移築されました。

こちらも時間の関係で見学はパス。

今度こそ来た道を戻って公園を出ました。

南門から、今度はまっすぐ南へ進み、駅の西口へと帰り戻りました。


 バス案内所兼待合所で待機。
外はあっという間に、夕暮れてしまいました。

 この券売機でキップは買い、
ベンチに座って待っていたら、室内の暖かさについ、うとうと…。

重くなるまぶたと格闘していたら、ほにゃほにゃほにゃほにゃ、英語で話しかける女性の声がして目が覚めました。

顔を上げて声のする方を見たら、すぐに分かりました、さっき城跡に唯一いた、一人旅な小柄な女性でした。

中国人だろう彼女は、英語なら話せるって感じで、カウンター越しに話しかけるんだけど、
中のおじさんな職員さんは全部聞き取れてない雰囲気で、互いにちょっと困った空気感を醸し出していました。

そこへ、表のバス停でバスの乗り降りのサポートをしてた人が戻って来て、カタカナ英語でフレンドリーに対応。

彼女もどうやら、一人で蔵王の樹氷を見に山形まで来たらしく、
明日乗るバスとスキー場のゴンドラ、ロープウェイがセットになったチケットが欲しいようでした。

蔵王スキー場で外国人相手にも仕事をしていたらしいおじさんのおかげで無事、チケットをゲットした彼女は、
ついでに道順も教えてもらったホテルに向かって笑顔で雪降る外へ出て行きました。

その背中を見送りながら、「日本語も喋れないのに一人旅なんて偉いね」とおじさんたち。


仙台行きとか何台もバスが来て、
 5時過ぎにやっと蔵王温泉行きが到着。

5時20分、出発。


つづく。


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