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青春18きっぷ旅 3 9日目 安土へ
2016 / 05 / 30 ( Mon )
青春18きっぷ旅、9日目。

また、お城へ行っちゃいます。

大阪2デイズをどう過ごすか、まだ決めかねていた名古屋からの帰路、急に思いついて。


朝風呂でこざっぱりし、9時前にホテルをチェックアウト。

難波から、祭日だからか、とても空いてた地下鉄に乗り、梅田で下車。

大阪駅に着くと、中央口のコインロッカーに荷物を預け、目的地までの切符を購入しました。

青春18きっぷの有効期限は1月10日まででしたし、すでに5日分、使い切ってもいたからです。


9時45分発の新快速に乗車。

京都までは天気が良かったけど、大津を過ぎるとついに雪が降ってきました。

天気予報の通りでしたが、雨にならなくてよかったくらい。

琵琶湖とか関ヶ原とか、日本海から忍び込んでくる雪雲の通り道なんですかね。

大阪とか名古屋とか、この年は大雪だったけど京都とかには雪がまったくなくても、ここいらだけ真っ白だったりします。

草津辺りで一旦、雪は止み、雲間から陽もわずかに差しました。

野洲で各駅停車に乗り換え、

10時55分、到着。

 降り立ったのは、雪がうっすら積もった安土駅。

また空は灰色の雲に覆われ、冷たい風がホームを吹き抜けていました。

さて、「安土」で思いつくお城はただひとつですね、安土城

織田信長が琵琶湖を望む安土の地に建設した安土城城址を見に、初めて安土に来ました。

名古屋方面に向かう快速の車窓からも、一瞬ですが、安土城のあったお山を見ることができます。

ホントに一瞬に通り過ぎてしまうので、読書とかうたたねしてて見過ごしたこと、何度もありました。

安土駅には特急、快速は停車しません、各駅停車のみですので、途中下車するタイミングもずっとありませんでした。

やっと、やっと、来ることができたって感じです。

 安土駅の駅舎。

 駅前ロータリー。
寒いし天気悪いし、平日だし、で、送迎のクルマが去ってしまうと、駅前に人影が絶えてしまいました。

 安土城と云えば、織田信長公!
早速のお出迎え、恐縮至極でござる。

ロータリー越しの駅前。
写真右の塔が乗ったような変な建物は、なにかと思ったら、地下道の入口でした。

その地下道をくぐって駅の反対側に行くと、「安土城郭資料館」があります。

写真右の建物が「安土城郭資料館」、左は地下道出入り口。


安土城のひな形が、実物の20分の1の大きさで再現された「安土城小型模型」があったり、
資料展示部分は有料ですが、案内所や売店、喫茶コーナーは無料で利用できます。

この日は夕方までに大阪に戻らなければならず、安土に点在する資料館はすべてパスしました。

再び地下道で駅前ロータリーに戻り、レンタサイクルを借りるべく、
 駅前の貸自転車屋さんを訪ねました。

レンタルのほか、駅に通う人たちの自転車を預かる商売もしてるお店でした。

受付を覗きましたが、誰もおらず、「すみません~!」と呼びかけても反応なし。

受付の窓ガラスに「ご用の方は…」と電話番号の書かれた紙が貼ってあり、カウンターにあった電話でかけてみました。

ちょっと間があって、おばさんが出ました。

自転車を借りたい旨を告げたのですが、自転車を預けに来た客と勘違いしてたり、どこか無愛想な応対で、
さらには、孫に伝染された風邪で寝込んでるから店に出られない、どうしましょ、などと云いだし、
どうすればいいのかって、こっちの台詞だよ!、人を待たせておきながら失礼な!と腹が立ってしまいました。

最後は、鍵はつけっぱなしだから、どれでも好きなの乗ってって、ガチャッ、と一方的に電話を切られました。

おばさんの云う通りの場所にレンタサイクルは並んでいて、確かに鍵はつけっぱなしでした。

最低な出だしとなりましたが、ゲットしたレンタサイクルで安土城を目指し、駅前をスタートしました。

駅前から北に進み、
 この交差点を右折し、
 お山に向かって走ります。
間もなく、街並みは途切れ、
安土城址のあるお山がまるっと望めました。

山頂付近は粉砂糖のかかったケーキみたいに雪化粧してました。

畑に挟まれた県道を走り、
安土城址の登城口へ。


登城口から見える距離にある、「滋賀県立安土城考古博物館」や「安土城天主信長の館」。

その後背のお山は繖(きぬがさ)山、別名・観音寺山と云い、観音寺城と云うお城がありました。

城主は佐々木氏で、信長侵攻時にはたった一日で落城、あっけなく滅亡しました。

登城口・駐車場入口。

 その入口に立つ石碑。

特別史跡 安土城跡

 織田信長が天下統一を目前にしてその居城として築いた城である。
天正4年(1576)着工、天正9年ごろ竣工したと認められる。
天正10年(1582)6月、本能寺の変の直後に天主閣等も罹災し、ついで廃城となった。
 琵琶瑚に突出した丘陵・安土山系域を城域とし、各所に石垣を築き、中央に7層の大天主閣をはじめ各殿舍等を建て雄大かつ壮観を極めた。
また山ろく平地には城下町を形成するなど近世城郭の先駆であった。
 現在、城の縄張りを知ることのできる石垣・石段・礎石等のほか、羅災をまぬがれた織田氏の菩提寺である摠見寺の三重塔・楼門および金剛二力士像(いづれも重要文化財)が残存している。



湿った雪で濡れたアスファルトを進むとあった、
 小ぎれいな無料休憩所。
照明が消えてて薄暗かったけど、雪で服が濡れて冷えた体を寒風から逃がすのにちょうどよかったです。

 高さ2mほどの安土天守の模型がありました。


内部の金屏風も再現されてて、タダで見られる割に精巧にできていました。

待ってても雪は止みそうになかったし、あきらめて登城開始。

山裾にそって道は左にカーブし、左は駐車場、右は整備された原っぱが拡がってました。

ちなみに、駐車場は、市が管理する有料駐車場と、お山の地主さんである摠見寺が作った無料駐車場があります。


登城口に続く道はその原っぱの中央を貫き、お山に続いています。


左右の原っぱも城跡の一部。

 雪だるまさんがウエルカム (^_^)

 「特別史跡 安土城跡」

特別史跡安土城跡

 安土城の築城は、織田信長が武田勝頼を長篠の合戦で打ち破った翌年、天正4年(1576)に始まります。
築城にあたっては、畿内・東海・北陸から多くの人夫が徴発され、当代最高の技術を持った職人たちが動員されました。
まさに安土城は天下統一の拠点となるべく当時の文化の粋を集めたものだったのです。
築城開始から3年後の天正7年には天主が完成して信長が移り住みました。
しかし、その3年後天正10年に本能寺の変で信長が殺されると、城は明智光秀の手に渡り、その光秀が羽柴秀吉に敗れたすぐ後に天主・本丸は焼失してしまいます。
それでも安土城は織田氏の天下を象徴する城として、秀吉の庇護の元で信長の息子信雄や孫の三法師が入城を果たし、信長の跡を継ぐものであることをアピールします。
しかし、天正12年小牧長久手の戦いで信雄が秀吉に屈すると織田氏の天下は終焉を迎え、翌年安土城はその役目を終えて廃城となるのです。
その後江戸時代を通じて信長が城内に建てた摠見寺がその菩提を弔いながら、現在に至るまで城跡を守り続けていくことになります。

 安土城跡は大正15年(1926)に史蹟に、昭和27年(1952)に滋賀県蒲生郡安土町・東近江市(旧能登川町)にまたがる約96万㎡が特別史跡に指定されました。

 昭和15・16年(1940・41)に天主跡と本丸跡の発掘調査と整備が行われ、昭和35年~50年(1960~1975)にわたって主郭部の石垣修理が行われました。
昭和57・58年には信長400回忌にあわせて城跡南面の平面整備が行われています。
そして、平成元年度(1989)から安土城跡を将来にわたって永く保存し、広く活用することを目的として『特別史跡安土城跡調査整備事業』が20年計画で行われています。


安土城はこのお山全体に築かれていますが、見学できるのはほんの一部だったりします。


登城口にまっすぐ続くこの道は、メインゲート・大手門に通じる大手道と呼ばれていて、

現代のメインゲート、入場門、受付&案内所があります。
 利用券を購入します。
訪問時は、大人は500円、小中学生は100円でしたが、いまは大人700円に値上げされてます。

お山は摠見寺の境内なので、入城料、入山料、ではなく、「拝観料」となっています。

 小屋にはお姉さんがひとり。
利用券を渡し、奥へ進もうとしたら、「傘をどうぞ」と声をかけて下さいました。

ますます、雪が強くなっていたので、とってもありがたく、お借りしました。


特別史跡安土城跡の見学にかかる注意事項

 特別史跡安土城跡は、そのほとんどが摠見寺の所有地内にあります。
摠見寺の格別のご理解により一般解放して頂いております。

 今後永くこの史跡環境を守り育てるため、ここを見学される方は次の注意事項を守って下さい。

・寺の宗教活動の支障にならないよう静かに見学して下さい。
・特に拡声器の使用については、事前に許可を得たものに限ります。
・ハチ、ヘビ、鳥獣類、落石、倒木等に各自で注意してください。
・山林内は危険防止のため、立入禁止です。
・特別史跡内において許可なくして営業行為や土石の移動、竹木の伐採等(現状変更)を行った場合は、文化財保護法により罰せられます。
・特別史跡内では取材および営業目的の撮影を行うには別途許可が必要です。
・特別史跡内で火気の使用は法律により禁じられています。
・犬のひもをはなさないで下さい。
・ゴミは各自お持ち帰り下さい。
・見学路には、急な石段や滑りやすい場所があります。
 充分足元に注意して歩いて下さい。

 これより山内には、便所や売店はありません。

滋賀県教育委員会
摠見寺


安土城を象徴する道~大手道

 目の前にまっすぐ延びている幅広い道が、安土城の大手道です。
安土城の正面玄関である大手門から山頂部に築かれた天主・本丸に至る城内では最も重要な道です。
大手道は、その構造から、直線部分、横道、七曲がり状部分、主郭外周路部分の三つの部分によって構成されています。

 大手門から山腹まで、約180mにわたって直線的に延びる部分の道幅は、約6mと広く、その両側に幅1~1.2mの石敷側溝があり、さらにその外側に高い石塁が築かれています。
道の東西には、複数の郭を雛壇状に配した伝羽柴秀吉邸跡・伝前田利家邸跡等の屋敷があり、これらは書院造りの主殿を中心に厩や隅櫓等、多くの建物で構成されています。
まさに、安土城の正面玄関を飾るにふさわしい堂々とした屋敷地と言えるでしよう。

 山腹部分は、傾斜が最も急なところで、ジグザグに屈曲しながら延びています。
この付近は、踏石や縁石に石仏が多く使われている他、屈曲部分に平坦な踊り場を造ることなく、踏石列を扇状に展開させていることが特徴です。

 伝武井夕庵邸跡の北東付近から大手道は東へ屈曲し、主郭部の外周を構成している高石垣の裾を巡り、本丸に直接通じる本丸裏門に至ります。
屈曲部分は幅4m程に狭まりますが、本丸裏門近くでは6mを超える広い道になります。

 安土城の正面を通る下街道から見える直線的な大手道とその延長上に聳える天主は、街道を行き交う人々に信長の力を強く印象付けたことでしょう。



ちなみにですが、上記にある通り、安土城跡は、そのほとんどが摠見寺の所有地内にあります。

入口の案内所も摠見寺が設置し、売り上げも摠見寺に入っています。


つづく。


青春18きっぷ旅 3 メニュー

1日目
松山~大阪
~名古屋

2日目
伊勢神宮内宮 1 2
伊勢神宮外宮
伊勢~東京

3日目
靖国神社
北の丸公園
皇居東御苑 1 2
丸の内 秋葉原

4日目
上野~福島
福島~山形
山形市内
山形城跡
蔵王温泉へ

5日目
蔵王温泉スキー場 1 2 3 4 5
蔵王温泉街 1 2

6日目
蔵王温泉~山形~仙台
仙台城跡 1 2
仙台~福島~黒磯~東京

7日目
東京~小淵沢
小淵沢~塩尻~名古屋~大阪

8日目
今宮戎神社・十日戎
大阪城 1 2 3
大阪の夜

9日目
安土へ
安土城 1 2 3 4
京都東山散策 1 2 3
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