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青春18きっぷ旅 3 9日目 京都東山散策 2
2016 / 05 / 30 ( Mon )
「維新の道」の突き当たりにある「京都霊山護国神社」へ。

 護国神社の入口。

 境内。

幕末の動乱期に活躍、殉じた志士たちを奉祀すべく、明治元年、「霊山官祭招魂社」として全国で初めて創立されました。

志士のほか、第二次世界大戦までの京都府出身の英霊7万3千3柱を奉祀しています。


後背の山肌には300を越える明治維新の志士たちのお墓があります。

そのお墓参りが今回の目的です。

十数年前までは、京都に来たら必ず立ち寄る場所のひとつでした。


入口は駅の改札みたいになってます。


坂を上がって、上がって、
 上がって、
見晴らしのいいテラスのような広場に到着。

写真左の鳥居の奥に、
 坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓があります。

 二つ並んだ墓石。

左が坂本龍馬、右が中岡慎太郎の墓石。

龍馬ファンはめっちゃ多いので、いつ来ても誰かがお参りしてます。

お供えの花が枯れてるところなんか、見たことがありません。


円山公園にあった像の小型版みたいな銅像がこちらにもあります。


歴史好きには常識なお話ですが、龍馬と慎太郎は、京都の近江屋で同席しているところを暗殺されました。

共に土佐で生まれ育ちましたが、暗殺の2年ほど前まで互いに面識はなかったようです。

龍馬は海援隊、慎太郎は陸援隊を結成。

維新回天の原動力となった薩長同盟は龍馬一世一代の大仕事と世間では云われていますが、
実は慎太郎の方がずっと先に奔走しており、三条実美と岩倉具視の仲を取り持ち、桂と西郷を近づけ、
慎太郎なくして薩長同盟は成り立たなかったかもしれません。


お墓参りに来ておきながら、ですが、僕はどっちかと云えば新選組のファンで、坂本龍馬はそんなに…です。

司馬遼太郎の「竜馬がゆく」は2、3度、読破しましたが、その感想と史実から、
いまの龍馬ブームって、司馬遼太郎の描いた「竜馬」の影響が強すぎるなぁって思っています。

小説の「竜馬」は「龍馬」ではありません。

司馬遼太郎自身、実在した「龍馬」と架空の「竜馬」を漢字によって区別するため、「竜馬」にしたと語っています。

「竜馬」はあくまで小説のなかのヒーローです。

いまの龍馬ブームは、小説のヒーローとして描かれた竜馬の影響が強すぎる気がします。

龍馬は、パクり、とまでは云いませんが、他人の影響をかなり受けた、いいとこ取りが上手な人物であると感じています。

そう云うと、龍馬・竜馬ファンには叱られそうですけど、あくまで、個人的な意見ですので。

あの時代、多くの若者がいろんな人に影響を受け成長し、志の元に散っていったことは間違いありません。

でも、小説の主人公が中岡慎太郎で、「慎太郎がゆく」だったら、銅像も立ち位置が違ってたのかなぁ、なんて。

 テラスからの眺め。

市街地をアップ。

龍馬と中岡のお墓の後ろに、

安政の大獄、天誅組の変、生野の変、蛤御門の変、池田屋事件などで命を落とした志士の墓標・招魂碑が並んでいます。

 一覧。


日暮れた木漏れ日が差す石段を登った、
 墓地の一番高いところにあるお墓は、
 ひときわ特別。

 木戸孝允と妻・幾松のお墓です。

 正面が木戸孝允。
幕末は桂小五郎の名で活躍しました。

奔走、享年45(満43歳)。

 「内閣顧問勲一等贈正二位木戸孝允墓」


左の少し小ぶりなお墓は、妻・幾松のお墓です。

小五郎と知り合ったとき、幾松は京都三本木で芸妓をしていました。

乞食に変身して二条大橋の下に身を隠していた桂を助けたり、長州藩控屋敷に踏み込んだ新選組からかばった際は、
新選組局長・近藤勇が顔色ひとつ変えなかった幾松の度胸に免じ、「済まなかった」と立ち去ったエピソードは有名です。

ちなみに、長州藩控屋敷跡は、維新後、木戸別邸となり、いまは「幾松」という料理旅館になっています。

維新後、結婚し、木戸松子と改名、享年44。


桂の墓所から2、3段下ったところ、同じような墓標のなかに、
 高杉晋作、久坂玄瑞らのお墓もあります。

 高杉晋作のお墓。

 右は久坂玄瑞。

一応ですが、これらのお墓は慰霊碑、招魂碑的な要素が強く、故郷などに正式なお墓が別にあったりします。

高杉のお墓は山口下関にあります。


 久しぶりにお墓参りできてすっきりしました。

 急坂を下ります。

石の鳥居をくぐったところで左に南下、
 京都っぽい小粋な町屋なお店が建ち並ぶ路地を歩きます。

観光客もいっぱい。

 路地の奥にある石段坂は「二寧坂(二年坂)」。
「ここでつまずき転ぶと二年以内に死ぬ」という言い伝えのある、ちょっぴり怖い坂です。

 坂の上もしばらく町屋なお土産ストリート。


再び現れた石段坂は「産寧坂(三年坂)」。

豊臣秀吉の妻・寧々が子供の誕生を祈願し、この坂を上がって清水寺にお参りしていたことが名の由来とか。

 坂の上から振り返って。
江戸時代末期から大正時代にかけての町家が建ち並んだ歴史的景観が素晴らしいんだけど、
如何せん、いつ行っても観光客だらけで騒々しいのが玉にきず。

 坂の上は、さらに騒々しい松原通。
清水寺に至るこの坂道は、修学旅行の学生や外国人観光客がひっきりなしに往来してます。

僕も修学旅行で来たときは、自分が思ってる以上にわーきゃー、はしゃいでたんだろうなぁ。

「おたべ」売ってるお店が何軒もあったり、京都っぽい匂い袋の独特の香りがずっと漂ってます。


つづく。


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蔵王温泉スキー場 1 2 3 4 5
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仙台城跡 1 2
仙台~福島~黒磯~東京

7日目
東京~小淵沢
小淵沢~塩尻~名古屋~大阪

8日目
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大阪城 1 2 3
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9日目
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