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とびしま海道 うろちょろりん 2 岡村島 岡村大橋 中の瀬戸大橋 平羅橋
2017 / 02 / 01 ( Wed )
岡村島の岡村港に初上陸し、とびしま海道を初体験です。

岡村島は愛媛県今治市に属する島で、平成の大合併以前は関前村の一部でした。

主な民家は港周辺に集中していますが、その家並みが途切れてすぐの距離に、
 展望台への分岐がありました。

 その分岐に「お汐亀松ものがたり」と書かれた解説版がありました。

お汐亀松ものがたり

お汐と亀松の兄弟は、九州築前の国遠賀郡山形村の庄屋太郎兵衛の家に生まれた。
心優しく慕いあいながら育ったが、不幸にもお汐は後妻の子であった。
二人の子どもの成長につれ、お汐の母は、その財産を我が子お汐に譲りたい一心から、亀松さえいなければと、秘かに毒殺をたくらむようになってしまった。

あやしい母の様子にお汐は、その非をなだめ続けたが、母の心を変えることはできなかった。
一方、亀松も母子の気配を感じて悩み続けていたが、慕いよる妹お汐を思うあまり、自らが家を出れば良いと心に決めた。
お汐もまた、母の心の恐ろしさと、兄の心優しさに泣いた。
思いあまった兄妹は、わずかに叔母に心を打ち明け、二人揃って諸国巡礼の旅に郷里を後にした。
長い旅を続け、念願であった信濃の善光寺詣を済ませたその夜、宿で疲れをいやしていたが、お汐は何時の頃からか疱瘡を患う身となっており、旅の疲れも重なってか、突然14歳の短い生涯を終えた。
まだ幼さの残る安らかな顔であった。

亀松は、深い悲しみに茫然自失の体であったが、お汐の冥福を祈って髪を剃り、染衣をまとい、その名を海漚(かいおう)と改めた。
それから、同行二人の心で旅を続け、山を越え、海を渡り、この地、岡村島の観音崎に立ち寄り錫杖を休めた。
やがて数年を経て、木食海漚33歳となり、難船が相次ぐこの地の海上交通安全守護を祈願するため、山上に一字を建立し、岬の岩間に安置されていた救世観音像(伝 弘法大師作)を本尊として安置し、念持佛を前立とした。
そして、自らが堂守りとなり、日夜礼拝をし、観音堂と常夜灯に悲願を託し、安永二年、堂を枕に没した。


「突然14歳の短い生涯を」って…。

子供だけで北九州から長野の善光寺って…。

後ろの防護壁の絵は、今治北高校と新居浜工業高校の生徒が描いた「お汐亀松」のイメージ画の名残でした。


展望台への道は最初は緩やかでしたが、ミカン畑の農道って感じになったかと思ったら、
 山頂に近づくほどに狭く、急傾斜になり、大変でした。
スクーターに乗ったままじゃ上れなくなるほどでした。

 到着っ。


横から見ると、半円状の展望台で、左右に階段があります。

 照明設備もあるようですが、闇夜にあの急坂を上る人がいるの?
海に向かって遮るものがない、見晴らし抜群なテラスです。

テラスからのパノラマです。
霞んでますが、空気がもっと澄んでたら、菊間辺りの海岸線や高縄山系の山並みも見られたはず。

 上ってきた坂、奥は大崎下島。

 さっき船で着いた岡村港の方。

 フェリー埠頭も見下ろせました。

 展望台の後ろに遊歩道があったので登ってみました。

展望台と同じくらいの高さを登ると、
 東屋がありました。

 
東屋の前からの眺めです、ミカン畑の向こうに大崎下島がちらり。


パノラマを一通り楽しんだら、先も長いので、来た道を一気に下ります。

…と思ったのですが、ちょっと下った左急カーブに、個人が作ったようなミニ展望台を見つけ、一時停止。

 「ご自由に」とあったので、入らせていただきました。
ミカン畑の一画、小屋の脇が小ぎれいな小庭のように整備されていて、
大崎下島には橋を三つ渡り、小島を二つ経由することが分かりました。

ゴールの呉までは見通せなかったけれど、そんなに遠くないことは感じられました。


今度こそ下り切り、県道を南下、海岸線をなぞるように走りました。

観音崎という岬をショートカットし、西南向きの海岸に出ました。


観音崎には、先ほど紹介した「お汐亀松ものがたり」の亀松が建立した観音堂があります。

観音様は秘仏で、年に一度のご開帳は、いまでも島民こぞって賑やかに行われています。

 左に大崎下島を見ながら進むと、
これから渡る橋が、小島の間に見え隠れ。

 ここで海岸線に別れを告げ、右折し、奥に見えてる最初の橋・岡村大橋へ向かいます。
瀬戸内海の橋橋は大型船が通過できるよう、海面からかなり高いところに架けられています。


 橋手前の休憩所。 
 東屋には「縁むすび 人待瀬戸」の文字 奥には鐘も。
岡村島と大崎下島との間の海峡は「戸待瀬戸」と云いますが、「人待瀬戸」と洒落た改名がされています。


金属のボックスの中には、縁むすび願いの木札(100円)が入っていて、願い事を書いて吊すことができます。
 たくさんの人・願いがかたかたと風に揺れていました。

 ここを中心とした周辺諸島の案内図。

 岡村大橋。


岡村大橋はアーチ橋の一種、ニールセンローゼ橋で、橋長は228.0m、海面から21.5mの位置に架かっています。

農道整備事業により架設した農道橋であり、日本で唯一、海上で県境を跨ぐ農道橋だったりします。

 きれいなアーチ。


橋の真ん中に愛媛と広島の県境が描かれています。


北側の眺め。

小島が浮かぶ南側の眺め。

県境を越え、広島入り。

 橋を渡った先は、中ノ島。
中ノ島はとても小さな島なので、カーブを越えたら、

中の瀬戸大橋です、橋長は251.0m、海面からの高さは21.5m、岡村大橋と同じニールセンローゼ橋で、農道橋です。

南側の眺め。

北側の眺め。

次の島・平羅島もとても小さいので、
 すぐに平羅橋です。


岡村大橋、中の瀬戸大橋と同じ農道橋ですが、造りはまったく異なり、平羅島の側にのみ主塔がある片吊り型の斜張橋です。

とびしま海道の架橋のうち、一番小さい橋で、橋長は98.5m、この橋だけがコンクリート橋です。

南側の眺め。

北側の眺め、奥には初崎と云う名の岬が海峡を横切るようにせり出しています。

 大崎下島に上陸です。

ちなみに、ここまで渡ってきた三つの橋は「安芸灘オレンジライン」と愛称されています。


つづく。
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