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青春18きっぷ旅 4 東北旅 5日目 5 小袖漁港
2017 / 04 / 09 ( Sun )
夏旅の5日目は、NHK朝ドラ「あまちゃん」のロケ地を巡る旅。

堀内駅(袖ヶ浜)から20kmほど走って、午後1時ちょっと前、小袖漁港にやって来ました。

訪問した日が土曜日だったので、漁港の入口には誘導員がいて、駐車場はこっちです、と誘導してくれました。
結構、クルマが出入りしてました。

 昆布、干してました。

ドラマのオープニング映像にも登場した長い堤防に守られて、波静かな漁港。


背後の海女の上には、ドラマでストーブさんが詰めてた監視小屋が見えました。

注連縄でつながる夫婦岩と、写真右は小袖海女センター。


ほとんどドラマ内でだけの方言「じぇじぇじぇ 発祥の地」の碑。

平成25年流行語大賞受賞記念碑 「じぇじぇじぇ」語源の由来

 岩手県久慈市宇部町小袖は太平洋沿岸北三陸に位置しており、日本最北に暮らす「北限の海女」で名高い小袖海岸、輝く方言文化をもつ「海女の国」です。

 「じぇ」の源語は、小袖の愛郷万言で、驚きをはじめ感情を表現する言葉であり「海女の国」特有の方言といえます。

 由来は、万葉集(西暦759年)に海人が働く様が詠まれており、海女のことを表す「かつぎ」の言葉と共に語り継がれてきた「じぇ」は、古の生活風習、伝統の海女、漁師が語る方言として海に暮らす集落形態、生業から生まれた会話の愛鎚言葉が由来とされます。

 平成25年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」のドラマでは、驚きが増すほど「じぇ」の数がみえるとされ、「じぇ」の発言回数は816回にもなるといわれています。

 以来「じぇじぇじぇ」は、一気に全国発信となり、平成25年の流行語大賞に選ばれる快挙となりました。

 この受賞を記念し、ここに「じぇじぇじぇ発祥の地」記念碑を建立。
小袖海岸は三陸復興国立公園内にあり、夫婦岩などは三陸ジオパークのジオポイントに選定され、海岸景勝美を誇る「北限の海女の里」として、皆様に愛される久慈市の名所です。

*「海女」・「海人」・「海士」はいずれも「あま」と読み、「かつぎ」は「あま」の古語です。
*東日本大震災に対する皆様の御支援に感謝と御礼を申し上げます。

岩手県久慈市小袖海岸 宇部町「海女のふるさと」会





海女センターに向かって歩いていると、
 ここにも「津波襲来の碑」がありました。


こちらは、「北限の海女の道起点地 あまちゃんロケ地記念碑」。

「あまちゃん」のロケ地 「北限の海女の道」起点地 記念碑

 平成25年、「北限の海女」をモデルとしたNHK朝の連続テレビ小説「あまちやん」は、国民から愛されるドラマとなり、海外でも放送され好評を博し、放送のロケ地となつた小袖海岸は、三陸復興国立公園にあり、豊かな自然景観美を誇る北三陸久慈市を代表する観光地です。

 小袖集落は約15箇所の共同井戸・湧き水を中心として人家が形成されてきましたが、海女が素潜り漁を行う、人家と海をつなぐ道があります。
深夜の作業時に松明や六角堤灯の灯りで高台と海を往来する道や、久慈の市日等へ向かう道があり、ここは「北限海女の道」起点地といえます。

 小袖地区の高台にある「ステバタケ」や「タバタケ」の遺跡からは約4千年前の壷や矢じりが出土しています。

 縄文人が竪穴住居から海にかよった「縄文人の道」と、海女が漁村集落から海にかよった「北限海女の道」は一部で重っており、縄文時代4千年まで遡る悠久の古道と考えられます。

 大正8年頃には、珍重品である干鮑(干しアワビ)が俵詰めで一日に55俵も出荷され、商人を介して神戸や長崎を経て支那(現中国)へ輸出されたと古老の海女が語ります。

 小袖地区の漁村文化を育んだ先人の歴史と、海女の伝統を称えるため、ここに「あまちゃん」のロケ地及び「北限海女の道」起点地の記念碑を建立しました。

 岩手県久慈市小袖海岸 宇部町「海女のふるさと」会



 「← 監視小屋 250m 徒歩10分」の案内もありました。

 高台にある集落へ向かう坂道。
この坂もドラマに何度も登場しました。

坂から見下ろして。

監視小屋まで徒歩10分の案内を信じて、監視小屋まで登ってみました。


集落側の坂とは違う、山裾にある遊歩道な急坂を登ります。

 「監視小屋迄あと半分 頑張って下さいネ」。

坂道は、旅に間ずっと履いてたサンダルじゃ登りづらいし、半袖・半ズボンだから立ち止まると、ヤブ蚊に食われそうだし、
とにかく、汗をかきかき、登ってました。


数分後、尾根につきました、残り、監視小屋まで20mほど。


お墓の横とか、手すりに沿って下り進むと、海風がわっと吹いてきて、

監視小屋に着きました。


監視小屋は施錠されていて入れませんでしたが、いまでも使われているらしい雰囲気がありました。

ドラマでは、小屋の中からストーブさんが、堤防から海に飛び込むアキの姿に驚くシーンがありましたが、
 堤防はこんな感じに見えました。


ちなみに尾根を登ると遊歩道は高台の集落に通じていて、その集落まではクルマで来ることも可能です。


坂道を下り、記念碑のあった場所まで戻りました。

 土産物やウニ、B級グルメの「まめぶ汁」を売ってる屋台が並んでました。

 ゆるキャラ「アマリン」がラッピングされた自販機。

 「海女磯ラーメン」の販売カー。


そしてこちらが、小袖海女センターで、平成26年12月に完成したばかりの真新しい鉄筋コンクリート造り3階建てです。

前の建物は震災の前年にリニューアルオープンし、たった7ヶ月で津波に破壊され、流出してしまいました。


「どちらからお越しですか?」マップの愛媛県にシールを貼っておきました。

 1階は、産直コーナー。
「北限の海女素潜り実演」見学チケットはこちらで購入します。

 ちょっと狭い階段で上がると、

2階は、海女文化展示スペース。


サインや写真が展示されたホール。


芸能人から政治家まで、海女センターを訪れた著名人らのサイン。

北限の海女衣装と道具

昔ながらの道具と衣装で皆さんをお待ちしています

1 水中眼鏡
 昔は松島メガネと呼ばれるレンズが2つあるタイプも使用されていました。

2 ヤツカリ
 腰に下げて潜り、浜にあがるまで獲ったウニなどを入れておきます。

3 足袋とわらぞうり
 ゴツゴツした岩やむき出しの貝から足を守ります。

4 ソエカギ
 ウニ用やアワビ用など獲物によって形もさまざま。

5 かすりの着物とショートパンツ
 実演のときにはかすりの着物にショートパンツで、漁に出るときや、水温が冷たいときにはウエットスーツを着用します。
ウニ
 久慈周辺で夏が旬のウニといえばキタムラサキウニ。
 極上のコンブを主食にしているため、甘みとうま味にあふれた味わいです。
 生はもちろん、塩ウニ、焼きウニも最高の味わいです。





3階は軽食スペース、ドラマにも登場した「海女cafe」があります。

 回廊にも出られて、

こんな眺めを楽しむことができます。

お腹が空いたので、海女cafeで食事することにしましたが、
 お昼過ぎてたからか、いろんなものが売り切れてて、

注文できたのは「まめぶ汁」だけでした。

とろみのある醤油味の汁に、細切れの野菜とクルミ餡の入ったお餅が入っています。

ドラマでは、口々に微妙な味だって云ってたけど、僕は好きな味でした。


屋上は展望スペースになってました。

屋上からの眺めです。

 眼下の入り江で、「北限の海女素潜り実演」が行われます。


降りるときは、外部階段・通路でも下れます。

 通路からは、人が入らない磯を望むことができます。


海女センターの1階で、14時20分スタートの「北限の海女素潜り実演」見学のチケットを買いました。

 開始時間まで防波堤へ。

 久慈市出身の歌人・小田観蛍の歌碑。
「小浜菊咲く それよりも鮑とる此処 北限の海人をとめども」 


海女センターを振り返って。


とても険しい夫婦岩、険しいけど、ちょっと登ってみたい。

ここがあまちゃんのロケ地だよ!

夫婦岩

 小袖海岸を代表する岩石で、三陸ジオパークのジオポイントにも選定されています。

 独特の構造は「柱状節理」とも呼ばれる現象です。

 2つのの岩に結ばれた注連縄は東日本大震災の津波でも切れませんでした。

 ドラマでは喫茶リアスの壁面にも使われています。




 先端まで行ってみました。
手前は漁船が係留されています。

 ドラマでは、もう一段上を走ったり歩いたりしてるけど、立入禁止でした。


先端の数十mは外海に向かって屈折しています。

 先端の灯台付近も立入禁止だったのは残念。
ドラマでは、春子が書いた「海死ね」「ウニ死ね」の落書きや、アキが海に飛び込んだりしました。

振り返って。

 監視小屋を見上げて。

戻りつつ撮ったパノラマ。

夫婦岩と海女センター。

 夫婦岩。

海女センターに戻っても、実演見学にはまだ早かったので、もう一度、屋上まで上がり、日記をまとめました。

来たときからずっとですが、あまちゃんのオープニング曲がエンドレスで鳴ってます。

個人的には、「アキのテーマ」みたいなバラードが好きなんだけど。

 下を見ると、すでに陣取り始めてました。

500円の見学料をケチっても、この屋上から遠目に見学できたりします。

急いで階段を降りて、入り江へ。


着いてみると、もう、海女さん、登場してて、観光客に囲まれてました。

「北限の海女」さん、今日の実演は5人。

年長者に混じって年若い子が二人、
 一人は久慈、もう一人は東京から来た新人さんだそう。


ドラマみたく、お客さんにフレンドリーな愛嬌振りまきながら階段を降りてきます。

まさに、ちょっとした地方アイドルです。


先輩が採った昆布を叩いたり噛んだりして、出てきたネバネバ液で水中眼鏡の内側に塗って曇り止め。


いざ、海へ。

するするっと潜ってゆき、ふわっと浮上すると、
 手にウニ。
お客さん、拍手、拍手。

 潜りはさすがに年長者が達者。
浮上する度、必ず、ウニを、それも4、5個手にしてました、拍手、拍手。

 新人さんはまだ、深く潜るのが不得手なようでした。

それでも、新人さんが人気で、視線もカメラも新人さんを追いかけちゃうので、こっちも見て、とジョークが飛んだり。

水温は20度だって云ってました。

薄い衣装で、夏の盛りも終わった東北の海は冷たいだろうに、浮上する度、みんな笑顔で愛嬌振りまいて、
見せる素潜り漁、そのプロ意識に感動しました。

新人さんに潜り方を教えたり、先輩の技を盗もうと一生懸命に見えて、ドラマそのもののわきあいあいな光景が素敵でした。

以前、新人海女が一度に辞めたことがあって、ネット上ではいじめとか噂されたけど、
笑顔で頑張ってる海女さんたちを見ていたら、そんなこと、まったくの中傷だと感じました。


「北限の海女素潜り実演」は、7月~9月の土・日・祝日で、10:20、11:20、14:20 の1日3回、行われています。

平日は、10人以上の予約があれば、実演可能だそうです。


素潜りはダメでも、海女さんの姿を見られたらいいな、くらいの気持ちで、実は来ました。

たまたま土曜日で、最後の実演時間に間に合ったので、見学することができました。

ここに来るまでの課程で、例えば昨日、宮古よりずっと手前で車中泊してたりしたら、
「奇跡の一本松」のフェンスが閉まってたみたいに、きっと間に合わなかったでしょう。

だから、とてもラッキー、海女さんがウニを手に浮上する度、本気で喜んでしまいました (^_^)/


結構、長い時間、ウニを採り続け、いい加減、体も冷えただろう頃、

ウニがいっぱい入った網袋を提げて上がってきました。


海水が入った桶の前に袋からウニを拡げ、一斉に殻を割り始めました。

お客さんもわっと取り囲みます。

これからの時間は、採りたてのウニを食べられる時間帯です。

海女センターで、アイスクリーム用のプラスチックのスプーンを500円で買った人だけ、
目の前で海女さんが殻を割ってくれた採れたてのウニを食べることができるのです。


慣れた手つきでウニを割り、食べられないところをつまみ出して、お客さんに手渡してゆきます。

僕はウニは苦手でしたが、みんな、美味しい、美味しいと云うので、スプーンを購入しました。


まだまだ上手じゃない新人さん。

彼女が割ってくれたウニが食べたくて前で見てたけど、一生懸命でなかなか気づいてもらえなくて。

でも、やっと気がついてくれて、サービスしてくれました。
 バフンウニとムラサキウニ。
生まれて2回目に食べたウニ、新鮮なものはやっぱり、味が違いました、磯やウニが食べた海藻の香りもしたし。

バフンウニはいまいちだったけど、ムラサキウニはよかったなぁ。

とは云え、ウニ丼とか、高いお金出してまで食べたいほど、好きになるまでにはならなかったです。

でも、これは個人の味覚の問題、まわりの人はみんな、笑顔で美味しい、美味しいって云ってましたから。


取り巻いてたお客さんが少なくなっても、ウニを捌く作業はしばらく続いてました。

生憎、空も雲ってしまい、濡れた衣装が風に吹かれてとても寒そうでしたが、最後まで一生懸命。

海女さんたちの素晴らしいお仕事に、すっかり魅了された時間でした。

ハートをぐっとつかまれてしまい、ホント、もっとずっといたかったです。


岩手はホント遠いけど、みんな行って欲しい、海女さんが捕ったウニを食べて欲しいです。



「北限の海女のぶるさと」の歴史
NHK朝の連続テレビ小説「あまちやん」のロケ地

 岩手県久慈市宇部町小袖海岸は北三陸に位置し、昭和46年に陸中海岸国立公園に指定、平成25年には三陸復興国立公園と改称されました。

 宇部町「海女のふるさと」の歴史は古く、今から約2500年前に縄文人が海中に潜ってアワビを採取するために、シカの骨で作った骨ベラが二子貝塚から出土しています。

 藩政時代には小袖.久喜・大尻・野田の男性による海士は、伝統の素潜り漁によりアワビ・ナマコ・ウニなど高級食材を採取する海の産業に深く関わっていました。

 素潜り漁は漁村文化として育まれ、やがて男性から女性へと移り変わり、女性が潜る海女は生業が原点にあり、その起源は明治維新頃とされ、百年をはるかに超える歴史があります。

 「北限の海女」は久慈市の海で活躍する海女の総称で、昭和31年に海女クラブが結成され、現代のかすり半天等の衣装による素潜り漁として今日まで守り継がれてきた「海女物語」があります。

 久慈市観光キャッチフレーズ「白樺ゆれる號珀の大地海女の国」として、名勝小袖海岸の自然美と共に、全国に愛される「北限の海女のふるさと」です。

*昭和34年NHKラジオドラマ「北限の海女」放送 水木洋子 脚本
*平成25年NHK朝の連続テレビ小説「あまちやん」放映 宮藤官九郎 御本

岩手県久慈市小袖海岸 字部町「海女の心るさと」会



 マンホールも北限の海女さん。


また来る日を夢に、もっとずっといたかった気持ちを抑えて、クルマに乗り込みました。

漁協のスタッフさんっぽい誘導員さんが、誘導&手を振って見送ってくれて、僕も頭を下げ、港を離れました。

久慈市に向かって狭い海岸線を北上しました。

クルマを駐め、小袖漁港を振り返る。

海女センター、最後のワンカット。


久慈市に抜けるまでの海岸線・小袖海岸は、断崖と奇岩が連続する荒々しい場所です。

 「つりがね洞」のある岩塊。

手前からだと洞穴は見えませんが、
 (振り返って撮影)
隧道を抜けた先で海に降りると、
 洞穴がはっきり見えました。
天井から釣り鐘の形をした岩がぶら下がっていたのが、「つりがね洞」の由来だそうです。

釣り鐘の形の岩は、明治29年に発生した明治三陸地震による三陸大津波で崩壊したそうです。

 洞穴。
みまかった夫婦がこの地で落ち合い、釣り鐘を突いてから極楽浄土入りする、そんな伝承もあったそうです。

海岸線、次のトンネルを抜けたら、
 「兜岩」がありました。

 どこが兜かとよく見たら、
 鬼の角のようなものが尖塔の先に見えました。


後ろ髪を引かれながら、海岸線の北上しているうちに、車窓の荒々しい風景はいつしか過去のものとなり、
民家が建ち並ぶ久慈の町に入っていました。


つづく。


青春18きっぷ旅 4 東北旅 目次

1日目 松山→岡山 / 岡山→名古屋

2日目
名古屋リニア・鉄道館 / 名古屋城 / 名古屋フェリー埠頭→

3日目
フェリーいしかり / 仙台

4日目
仙台→松島 西行戻しの松公園 / 松島 1 五大堂 / 松島 2 瑞巌寺 / 松島 3 松島湾一周 / 
石巻→南三陸 / 奇跡の一本松→夏虫のお湯っこ→宮古

5日目
浄土浜 / 龍泉洞 / 堀内駅→小袖漁港 / 小袖漁港 / 久慈 / 久慈→盛岡→花巻

6日目
花巻→平泉 1 中尊寺 / 平泉 2 毛越寺 / 仙台 1 瑞鳳殿 / 仙台 2 竜泉寺の湯

7日目
仙台→ フェリーきそ

8日目
→名古屋→大阪

9日目
京都 1 金閣寺 / 京都 2 晴明神社 / 四条通~清水寺 / 京都→大阪

10日目
大阪→ 高松→松山
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