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穴神洞穴と宝泉坊温泉
2017 / 07 / 12 ( Wed )
5月のとある日。

行ったことがない温泉に行こう…。

地図とにらめっこして決めたのが、西予市城川町にある、

健康保養施設 宝泉坊温泉



よく、西土佐までキャンプしに出かけた頃から、最近は宇和島の方までダムカードを獲りに行ったとき、
高速を走れないスクーターで鬼北方面へ旅するときは必ず、宝泉坊温泉の前を通りました。

温泉施設がリニューアルする前から知ったけど、一度も利用したことがありませんでした。


内子から肱川沿いをのんびり南下、城川町へ。

順調に温泉に到着できました。

でも、まだ昼過ぎ、ちょっと早すぎたかな。

駐車場にある観光マップを見てたら、「穴神洞穴」の文字が目に入りました。

鍾乳洞、洞窟の類いは子供の頃から好物です。

旅先で見かけるとまぁまぁの確率で探検してきました。

昨年の東北旅では、岩手県岩泉町にある龍泉洞を訪問、日本三大鍾乳洞を制覇することができました。


温泉の少し先、県道284号線に入り、5km弱。

途中、ささやかな峠・大門峠 を通ります。

ここは、坂本龍馬が土佐藩を脱藩した際、通ったとされるルートのひとつで、

記念の石碑が建っていました。

 「慶応三年中岡慎太郎ト共ニ刺殺サル」


峠から振り返って。


峠から下ると、山の向こうにこんな開けた場所が…と驚く、隠れ里のような川津南の里がありました。


印象的な奥にあるお山の左側の方に洞窟はあります。


「川津南ガイドマップ」。

里のずっと奥に、龍馬が越えてきた九十九曲峠があるようです。

 穴神洞窟前に到着。
道路左の山に洞窟が、右は駐車場や公衆トイレが整備されていました。

愛媛県指定史跡 穴神洞穴遺跡 (昭和51年4月指定)

遺跡の下に穴神鍾乳洞(市指定天然記念物)があります。
(全長300mうち遊歩道部分は75m)

【見学時間8:00~17:00】

【見学料】個人 高校生以上1人200円/小・中学生100円
     団体 10人以上(高校生以上)……1人100円
        10人以上(小・中学校)……1人50円

【連絡先】JA川津南出張所     TEL 0894-83-1008
     木曜日のみ(川崎商店) TEL 0894-83-1074




 東屋の後ろに洞窟の入口があるようです。

 

市指定天然記念物 穴神鍾乳洞

所在地 西予市城川町川津南
指定 昭和47年8月28日

 この鍾乳洞は、昭和44年6月、地元の中学生が「こうもり」を捕りに入って発見したものである。
洞は全長75メートル。
高さ8~10メートルで石筍、鍾乳石など豊富で、変化にとみ、県下では類のない鍾乳洞であるといわれている。

 穴神洞遺跡(県指定文化財)は縄文草創期以降の住居遺跡である。
当時の生活をしのばせる土器や装身具その他人骨、鳥獣の骨、貝類等が数多く出土しており、考古学的に極めて貴重な遺跡である。

こうもりの 飛びかう穴神鍾乳洞 (城川かるた)
穴神は 万年前の 住居跡 (城川かるた)

西予市教育委員会




鍾乳洞はそのまま、遺跡でした。

穴に住むのが、雨風をしのぐ手っ取り早い方法だったりするし、ときには、盗賊の類いから身を隠してくれたりもするわけで、
日本、いや世界中の洞窟のほとんどで古代人が生活した痕跡が見受けられます。


「穴神鍾乳洞庵」。


 展示物。

遺跡から見つかつたもの

 発掘調査では、上部の洞穴入口が調査され、そこには大きく分けて8つの土層が堆積していることが確認されました。
これらの土の中から縄文時代草創期、早期、後期の遺物(土器や石器など)が見つかっています。

 もっとも下の層からは、微隆起線文土器と呼ばれる縄文時代のはじめころの土器が見つかっています。
県内では、久万高原町(旧美川村)の上黒岩遺跡に次ぐ縄文時代でも非常に古い時期の土器として知られています。

 また、貝でできた装飾品(アウセサリー)も見つかっていて、その多くが海岸部で採集されたと考えられています。
ツノガイの装飾品や熟年女性の人骨が出土した埋葬遺構のほか、骨角器、ノウサギ、アナグマ、タヌキ、テン、イノシシ、シカ、キジなどの骨や歯や牙も見つかっています。

 穴神洞穴の縄文人は、森でドングリなどを採集し、川で貝や魚を採り、土器で煮炊きをしていたのでしょう。
時には石の鏃(やじり)を使った弓矢で、イノシシやシカなどの狩りをしていたと考えられます。
また海でとれる貝を海辺のムラから手に入れて、アウセサリーを作りました。
山間のムラと海辺のムラの交流があったのでしよう。

 なお、遺跡から見つかったものは、城川歴史民俗資料館に展示してあります。

平成24年10月 川津南やっちみる会





洞窟入口、玄関サッシのドアみたいな扉で閉鎖されていました。

でも、近辺には誰もいなくて、表の看板にあるように、電話などして呼び出さないと入洞できないようです。

「困ったなぁ…」

辺りを散策していたら、

上に向かう階段を見つけました、なにかありそうなので、見に行ってみたら、

やはり施錠された出入り口がありました。

 鉄板の通路が見えたので、下の入口と繋がっている?

有形文化財考古資料 昭和51年4月6日県指定

穴神洞遺跡 大字川津南3723番地

鍾乳洞の中に展開する本遺跡は、縄文時代の遺跡として県下屈指のものである。
特に縄文早期初頭に相当する層位(第九層)から、わが国で最も古い土器(約1万2千年前)であるとされている。
隆起線文土器の口縁部が発見され、また早期中葉の小型楕円山形押型文(約7、8千年前)とともに、タカラガイ、ツノガイ、セルガイ、シドロガイなど、いずれも海産の貝殻を加工して造った装飾品が豊富に出土したことなどが注目されている。

さらに頭蓋部wpはじめとする人骨片も出土し、縄文早期の人類の姿を解明する良い手がかりが提供されている。

人々の生活のあとをとどめる遺構としては、やはり早期に属する最下層部から、礫を集めて築かれた炉址が検出された。
なお上層部からは後期から晩期にかけての土器や石器が発見されており、この洞窟がかなり長期にわたって人々の生活の一根拠地であったことを物語っている。

穴神は万年前の住居跡 (城川かるた)

昭和53年3月1日 城川町教育委員会 愛媛県教育委員会




さて、このあと、入洞できたのですが、あの扉を開けるまでが大変面倒でした。

普段なら、少し戻ったY字路にあるJA川津南出張所に電話するか訪ねれば入ることができます。

でも、生憎、この日は木曜日、木曜日のみは川崎商店というお店に頼まなければなりません。

直接、JA出張所のあるY字路のそばにある川崎商店さんを訪ねました。

でも、店主のおばあさん曰く、「洞窟の場所の上にある白い家の○○さんが鍵を持ってるから」。

いつのまにか、替わっちゃってたようです。

って云うか、だったら、洞窟の看板にも新しい人の連絡先書いちけよ!

と心の中でぶつぶつ文句を言いつつ、引き返したのですが、道を先に進んでも白い家なんかないのです。

昼間の山里は、農家の庭先にも畑にも人の姿はまるっきりなくて、しばし、途方に暮れました。

イライラ…、イライラ…。

洞窟に戻り、東屋の中に入ったときでした。

ベンチの上に置かれたプラスチックケースの中に、パンフレットに紛れて、○○さんの名刺を発見。


なんだかんだで30分以上、タイムロスしました。

では、やっと入洞です。

ヘルメットを借りて入りますが、天井が低い場所が多いのでヘルメットは必須です。

あと、ぬるっと滑って尻餅をついたこともあったので、滑りにくい靴、軍手のような手袋もあった方がいいです。


最初から低い天井、いきなりの階段の天井も低くて、コツコツとヘルメットに岩肌が当たる音がしました。

気温はぐんと下がり、心地よい冷気に包まれました。

 最初のホール。
「穴神」とあるけど、クラゲか、エイリアンのフェイスハガー似。


湿った通路を行くと、水流で浸食されたような岩肌。


階段を下ると、「洞穴サンゴ」とありましたが、イマイチ、よく分かりませんでした。


鍾乳洞らしさが垣間見える「石の滝」。

 地下のホール、今度は昇り。


階段の先は狭い通路。

 穴の先に垣間見えた「宝殿」。


体を横にしてやっと通り抜けられる通路や、ヒザを着きそうになるくらい、屈まないと通れない通路があったり。

 新たなホールに出ました。


「男神」「女神」「神柱」と名付けられた石筍がありました。

 足下にも石筍。
でも、根元から取れた形で破損してました。

洞内にはほとんど柵などの保護装置がまったくないので、正直、心配になりました。

この「女神」のような石筍がいまの形になるまでに何千年の月日を要するのか、分からないような、
自然保護など欠片も思ったことがない稚拙な人がハンマー片手に盗掘しにきたら…。


「地底の池」って、どのことだろう?

 階段を昇って上へ、上へ。

 「縄文人住居跡」。
火を炊いた跡のような黒くなった地面がありました。

 外から見えた通路を通って出口へ。

穴神洞窟は、上へ昇り出る一方通行なコースになっていました。

外に出ると、もわっと生暖かい外気が皮膚にまとわりついて、穴の中に引き返したい気持ちになりました。

東屋に戻り、ヘルメットを返しました。


狭く短い洞窟でしたが、アップダウンあり、何種類かの鍾乳石も見られ、楽しく探検できました。

ただ、入口の鍵を持ってる人に連絡しづらいのが難点。


来た道を戻り、宝泉坊温泉へ。

洞窟との温度差でうっすら汗もかいたし、3時もまわったのでちょうどいい時間。

駐車場にはクルマが数台、駐まってました。

駐輪場の看板は見つけられなかったので、適当に屋根の下にスクーターを駐めました。


スーパー銭湯みたいに小ぎれいな玄関です。

 木のポストに鳥が卵を産んだみたい。

 靴箱に履き物をしまい、券売機でチケットを買って、
 フロントへ。
アロハ的なラフなスタッフウエアを着たスタッフさんでした。


お風呂は、フロントに向かって左の通路を奥に進みます。

宝泉坊温泉は、温泉大浴場のほかに、温水プールをつかったリラクゼーション施設が併設されています(別料金)。

専門スタッフの指導の下、健康維持・増進、ストレス解消、リラクゼーションに効果的な温泉療法も受けられます。

でも、今日は温泉だけが目的なので、どんなプールかは見たかったけど、パス。


女湯と奥にある男湯の間にある休憩スペースには、サービスの冷水と梅干しが置いてありました。


暖簾をふたつくぐると、脱衣所です。

ちなみに、暖簾と暖簾の間に、プール利用客の脱衣所の入口もありました。

 脱衣所、ちょっとコンパクト。

 大浴場。
お客さんが僕しかいなかったので、撮らせてもらいました。

露天風呂もあったし、美肌の湯って云ってるだけあって、アルカリ性のお湯はぬるすべで、気持ちよかったです。

陽に当たりながらの露天風呂、気持ちよかったぁ (^_^)


と云うわけで、1時間近く、いつものように長風呂しました。


入浴後、館内を探索。

 男湯のさらに奥にあるジムのようなスペース。

 ロビーにある売店。

 フロント右の通路を進むと、
 角にキッズルーム。


さらに奥に進むと、レストランがありました。

 メニュー。
レストランのみの利用もできるみたい。


食事スペースと休憩所。


と云うわけで、穴神洞穴と宝泉坊温泉の旅、終了です。


追記。


肱川沿いを帰ってた途中、大洲に寄りたくなり、道を逸れました。

左折してすぐに出会ったのが、

「大川鯉のぼり祭」。

川をずらっとまたぐ、たくさんの鯉のぼり。

 幟もいっぱい。

お祭りはとっくに終わったあとだったけど、鯉のぼりや幟はしばらく、そのままにしてあったみたい。


大洲まで遠回りしたけど、安全運転でのんびり、帰りました。


穴神洞穴も宝泉坊温泉も、近所だったらまた行きたい、そんな場所でした。
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