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夏旅 5 九州旅 4日目 1 長崎・軍艦島
2017 / 10 / 04 ( Wed )
長崎で迎えた夏旅4日目の朝。

6時半、タブレットのアラームで起床、朝風呂へ。

大浴場には、昨夜、イビキの大合唱で酷く迷惑かけられた客が先に入浴していました。

我慢できず、イビキがうるさかったと文句を言ってやりました。

もう一人のイビキ野郎も来たけど、独り言をずっとぶつぶつ云っており、
気持ち悪すぎて何も云えませんでした。

露天風呂に移動し、昨日、あんなに降ってた雨が去って、
薄日に照らされた長崎の街を展望。

湾岸沿いの猫の額ほどで平地に集中する市街地。

その背後のなだらかな斜面は山頂まで宅地で覆われ、
長崎が坂の町と呼ばれるのがよく分かる光景でした。


着替えを済ませ、フロントで仮眠料に相当する超過料金を支払い、チェックアウトしました。

 温泉は最高だったホテル・アマンディ。


出発前に見上げた稲佐山山頂にはうっすら雲がかかっていました。


7時過ぎには下山し、旭大橋を渡って市街地へ。

今日は、まず、軍艦島上陸ツアーに参加します。

ツアー出発地の松が枝町周辺の駐車場へ移動しました。

グラバー園、大浦天主堂、オランダ坂など、観光地が集中している松が枝町周辺は、駐車料金も高く、
昨夜、比較的安い駐車場を見つけていました。

それは、長崎港松が枝国際ターミナル前の駐車場でしたが、まったくの空車なのに満車表示で入れませんでした。


仕方がないので、次に安かった、海っ端の広大な更地を駐車場にしてる県営常盤駐車場に駐めました。

敷地の奥に大型バスが数台、駐車してたけど、とにかく広いので、全然、余裕がありました。


ツアーの集合時間まで、グラバー通りを中心に周辺を散策しました。

 日中は、観光客で賑わうグラバー通りの坂。
その途中に、昔、宿泊した建物があったんだけど、見つかりませんでした、建て替えでなくなってしまったようでした。


大浦天主堂は、あの日のまま、坂の上にありました。


大浦天主堂の少し先にある、グラバー園の入口。

今回は大浦天主堂もグラバー園も訪ねませんでした。


軍艦島上陸ツアーの先行集合時間の9時近く、
 グラバー通りの坂の下にある、軍艦島デジタルミュージアムへ。

入口にはすでに行列ができていました。

僕が申し込んだ軍艦島上陸ツアーは、軍艦島デジタルミュージアムの見学込みで申し込むと、
ツアー船に先行乗船できるシステムだったので、そちらを選んだのですが、
ミュージアム前の行列は、ツアー船に先行乗船するときの順番も兼ねていました。

グラバー通りにはもっと早く来てたので、知ってれば並んでたのに、失敗しました。

ミュージアムの受付でツアーの受付も済ませ、番号が書かれたカードをもらい、
次、港でまた集合する時間まで、館内を見学して歩きました。

 横に長い巨大スクリーンに映し出される、
軍艦島の歴史、東京以上の人口密度に達した炭鉱労働者らの暮らしぶり、鉄筋コンクリートの建物群、閉山後のあらまし。


再現された、軍艦島で一般的だったアパートの一室。

 一番上の階に、軍艦島にもあった祠がありました。


館内で上映されていたアニメ「軍艦島のガンショーくん」。


9時45分頃、ツアー船が着岸している港に移動しました、ミュージアムから数分の距離です。


桟橋には行列ができていました、ミュージアム見学無しの参加者の列です。

港には、軍艦島コンシェルジュオフィスと呼ばれるツアーの受付があり、そちらにも列ができていて、
先行乗船の権利をもらっておいてよかったと、心から思いました。

先行乗船の短い列に並んだまでは良かったのですが、人間にはどうしようもない問題が同時進行中でした。

それは軍艦島周辺のお天気、海面の状態で、軍艦島は海がしけると船が着岸できないのです。

台風12号が接近中で、外海は荒れている恐れがあり、
上陸の可否は、船長判断になると、繰り返しアナウンスされていました。

ツアーにはネットから申し込んだのですが、そのページにも当日の天候次第で…と注意書きがされていました。

軍艦島ツアーは全部で5社もあるそうですが、会社によって上陸確率が異なるようで、
後で知ったのですが、僕が参加した軍艦島コンシェルジュは、一番、上陸確率が高いんだそうです。

乗船時間が来て、船長、がんばれ! 頼むぞ! と心の中で叫びながら、船に向かいました。


収容人数140人ほどのマーキュリー号だけど、これでもかってくらい、たくさんの人が乗船しました。

見晴らしよさげな2階の、ずらっと並んだベンチシートの端を確保できました。

でも、端っこって、被写体が自分の側にあるときはいいけど、逆側にあるときは移動しづらい…。

自由に立って移動できる座席がよかったと、出航後に気づきました。

全員乗船し、満席となったところで、出航時間となりましたが、
「大型客船が港に入港中のため、少々お待ち下さい」との船内アナウンスが流れました。


振り替えると、巨大な豪華客船が入港作業中でした。

その船は、旋回して着岸しようとしていたのですが、後尾が対岸をこするんじゃないかと思うくらいデカくて、
ビルやマンションを横倒しにしたような、窓だらけの居住区が青い船体に乗っかっていました。

巨船が旋回を終えてようやく、僕らの小舟は出港することができました。


「ロイヤル・カリビアン・インターナショナル」は、世界最大規模の客船会社、
この船、「オベーション・オブ・ザ・シーズ」は、世界で2番目の大きさを誇るクルーズ船なのでした。

総トン数168,666トン、全長348m、全幅41m、乗客定員4180人!、乗組員数1500人!

 窓からデッキから、クルーズ船の乗客がたくさん、笑顔で手を振ってるのが見えました。

 最上階には、フリークライミングの人口壁までありました。
スカイダイビングシミュレーターなんてものもあるそうですよ。

客船は、長崎港松が枝国際ターミナルに着岸しようとしていました。

ああ、そうか!

今朝、満車で入れなかった駐車場は、客船入港時は使用不可ってホムペに書いてあったけど、
この船が来たから入れなかったのかぁ…。

もうひとつ付け加えると、県営常盤駐車場にいた大型バスは、客船の乗客らのオプショナルツアー用だったのかも。

出港早早、滅多に見られない巨大クルーズ船を見られてラッキーでした。


外海に向かって入り江を航行する我らの小舟。

湾岸に点在する産業遺産、歴史ある造船施設を通過する度、事細かくアナウンスしてくれます。

 丘の上にそびえる、マンション群。
昨日はあの丘の下にあるトンネルを通過して、女神大橋まで行きました。


女神大橋の下を通過。

巨大クルーズ船を見た後は、なぜ、この橋が海面から65mもの高さに架かっているのか、合点がいきました。

三菱重工長崎造船所では、巨大クルーズ船を建造中でした。

船内アナウンスによると、日本で建造された客船としては過去最大の大型客船を2隻受注したけれど、
船主側の高級仕様の要求を満たすため、完成が1年も遅れ、1000億円もの巨額損失になったそうです。

写真の船も今年、ようやく完成しましたが、合計2540億円もの赤字となってしまったそうです。

 伊王島に立ち寄り、6人のお客さんを載せました。

 本土と伊王島を結ぶ伊王島大橋。


長崎港を出て1時間半…。

 船はとうとう、軍艦島に近づきました。

島に近づくほどに、船内はざわざわして、乗客たちの興奮度が増してゆくのが分かりました。

僕もそわそわ。

カメラの液晶を覗いたり、肉眼で見たりを頻繁に繰り返しました。

軍艦島に大接近。

船は、まずは島をぐるっと周遊します。

 アナウンスを手がかりに、まじまじと廃墟を見学。

廃墟と化した高密度住居群。

アニメ「軍艦島のガンショーくん」でも島の成り立ちについての説明があったけど、
小さな岩礁だった島は6回の埋め立て工事が行われた結果、現在の大きな島になりました。

そこにたくさんの人が住み着いて、日本で最初の鉄筋コンクリート造りのアパート群が所狭しと建造。


何十棟と建設されたので、アパートは名前じゃなく、○○号棟と数字で区別されていました。


昭和35年(1960)には、5267人が住んでいました。

当時の人口密度は世界一を誇り、東京の人口密度の9倍以上とも云われていました。


病院や学校、お寺や神社、映画館、理髪店、パチンコなど、本土にあるものはほとんど揃っていました。


自然が乏しい環境だったので、島の子供たちの教育用に畑や田んぼが屋上に作られたなんて話も。

ちなみに、保育園も屋上に造られたそうで、エレベーターもないビルの10階まで毎日通っていたそうです。

軍艦「土佐」に似ていたので軍艦島の愛称が付いたのですが、この角度が一番、土佐に似ているそうです。

船は島の回りを一周するのではなく、土佐に見えるポイントで引き返し、
それまで見づらかった船の右舷側が島側となり、座る位置で不公平にならないよう配慮してくれます。

国のエネルギー政策が石炭から石油へ移行し、明治から昭和にかけて日本を支え続けた端島炭鉱は、
昭和49年(1974)、閉山、島民はみな島を離れ、以来、上陸禁止の無人島となっていました。

島の最高所に残る端島神社の祠。


ほかの会社の船が離岸するまで、桟橋に近づくことができません。

でも、他社の船が接岸できてるってことは、僕らの船も接岸OKか!?

 潮風に浸食され、劣化、崩落が加速しているそうです。
補強・補修をすべての建物に行い、全島すべてを現状のまま、保全しようとすると、少なくとも158億円は必要だそう。


夏、子供たちは堤防から海に飛び込み、写真の穴から戻って来たんだって。

でも、島の周囲は垂れ流された汚物やゴミが漂い、お世辞にも綺麗とは云いがたい状態だったらしい。


上陸後の見学コースは、島のこの辺りにあって、特別な許可が無いとコース外に出ることはできません。


やっと、上陸作業中だった船が離岸し、僕らの船が接岸する運びとなりました。

海上にいると、波の高さは気になりませんでしたが、

桟橋に近づくほどに船は高波に大きく揺さぶられるようになりました。

島に唯一の桟橋・ドルフィン桟橋は、台風で流出する度、再建された、三代目の桟橋です。

 階段状になっていて、潮の満ち引きにも対応できる構造になってます。


船内、1階はこんな感じ。

1階の乗客から上陸を開始し、先に降りた船のスタッフが、揺れる船からの下船をフォローしてくれます。

でも、2階の僕らが上陸しようとしたとき、スタッフがフォローできないくらい、高波で大きく揺れ始め、
 安全のため、上陸用スロープが外されました。

このまま、上陸できなくなったら、どうしよう…、心配になりました。

でも、なんとか揺れが収まり、僕もようやく、軍艦島に上陸できました!

 トンネルをくぐります。

 トンネルを振り返って。

貯炭場と呼ばれた跡の空間が拡がっています。


稲荷神社の鳥居みたいに並んだ、石炭を運んでいたベルトコンベアーの基礎。

 奥の廃墟は70号棟。

 貯炭場の地面。


上陸後は、3カ所ある見学広場を順にまわって、案内役のスタッフさんからお話をうかがってゆきます。

 別のスタッフさんは拡大写真などを掲げてフォロー。


岩山を望む第1見学広場。

 山頂の貯水槽は、まるで戦場のトーチカみたい。

 貯水槽からの配管。

 オブジェのように朽ちた鉄の基礎。

 巻揚げ機跡。

スタッフさんの説明が一通り終わると、次の見学広場へ移動しますが、
今日は海の状態がよろしくないため、急ぎ気味での移動、よろしくお願いします、とスタッフさん。

 写真撮影もなるべく歩きながら。
下船前は、写真は見学広場で、移動中は撮らず、帰りに撮って、と説明されてたけど、そこは臨機応変で。

通路を移動中、先着の見学グループとすれ違ったりします。

第2見学広場前には、会社事務所や総合事務所の跡。

 赤いレンガ壁は、倉庫跡。

 30号棟方面へ通じるコンクリート路。







第3見学広場へ移動、見学通路の外は荒涼とした風景。


仕上工場の一部。


第3見学広場から見えるのは、
 30号棟(右)、31号棟(左)。






人が手を加えなくても、形あるものはいつか、塵芥に還ってゆきます。

 思い出は風化しない、かな。



 面影は日に日に朽ちています。

第3見学広場での説明が終わると、あとはもう、帰るだけです。

 各々、記念撮影などしながら、桟橋へと来た道を戻ります。

 山頂の灯台。

 第2見学広場。

 海に飛び込んだ子供たちが島に戻るのに利用した堤防の穴。

 お山に登ることができたらなぁ。


報道陣や研究者など、特別な許可が無いと、高層アパートなどには近づくことはできません。

でも、仮想的になら、見て回ることが可能だったりします。

Googleチームが島の中を歩き回って撮影した風景がGoogleマップのストリートビューで公開されています。

軍艦島で検索し、画面右下の人型のアイコンを島内にドラッグすると、ストリートビューがスタートします。

上陸ツアーでは絶対見ることのできない、1号棟屋上にある端島神社からのパノラマも見ることができます。


 ドルフィン桟橋まで戻りました。


島からの乗船は、優先とか関係なく、早い者勝ち?とのことだったので、
2階の自由に立ち歩ける席を確保するため、一足先に船に帰ってきました。

島から足が離れた瞬間は、まさに、後ろ髪を引かれる想いでした。

元島民の方だったら、もっと、心淋しくなるんだろうなぁ。

少し、慌ただしい上陸になってしまったけど、台風が接近するなか、上陸できただけで大満足。

 ほかのお客さんも続々乗船。


2階デッキから見た、桟橋上の通路。

すべての乗客が乗船したことを確認し、離岸、出港。


軍艦島は、あっという間に小さい島影となってしまいました。

 中ノ島越しに望遠で。
これが最後に見た姿となりました。

帰りの船内では、じゃんけん大会があったり、スタンプカードの配布などが行われ、飽きさせない工夫がされてました。
 モニターでアニメ「軍艦島のガンショーくん」も。

夏は飛ぶように売れると云う、アイスをカステラで挟んだお菓子(300円)を僕も買い、小腹を満たしました。


伊王島のカトリック馬込教会、こう云う景色は、いかにも長崎らしかったです。

帰りも伊王島に寄り、6人を降ろし、長崎港へ。

女神大橋が見えてきました。

大橋をくぐり、長崎港の入り江へ。


小松帯刀や五代才助が計画し、明治元年に完成させた「小菅修船場跡」、世界遺産。


三菱重工業長崎造船所も歴史が古い造船所です。

船首から見た長崎港。

右舷のパノラマ。


巨大クルーズ船のそばまで戻ると、ツアーも終わりです。

稲佐山。

 昨夜、入浴・仮眠したホテルアマンディを望遠で。

 桟橋に着岸、ツアー終了です。

揃って大満足だったのか、乗客はみな口々に、出迎え見送るスタッフさんに感謝を言葉にしながら下船してゆきました。

僕も自然に、ありがとうございました、と云いながら、桟橋に降り立ちました。

 これまで乗っていた船、マーキュリー号。

 桟橋には、すでに午後便の行列ができていました。

振り返るとあっという間の上陸ツアーでしたが、念願叶い、大満足でした。

台風12号が接近中にも関わらず、軍艦島に上陸できたのは、ホント、ラッキーでした。

ネタバレになりますが、翌日は九州全域の船便が欠航となり、上陸ツアーも当然、中止になった様子。

昨日だったら、雨の中の見学になったろうし、この日ばかりは運が良かったです。

旅の先々で出会った神様仏様にお願いしまわったおかげかな。


上陸後は、軍艦島ミュージアムに行き、島の形のキーホルダーを買って締めくくりました。


つづく。


夏旅 5 九州旅 目次

1日目
 松山→

2日目
 小倉港→宗像大社→マリンワールド
 太宰府天満宮→佐賀神埼

3日目
 佐賀神埼→祐徳稲荷神社→長崎

4日目
 長崎・軍艦島
 長崎市内観光→水族館→雲仙→島原

5日目
 島原・道の駅 みずなし本陣ふかえ・土石流被災家屋保存公園
 島原・原城跡
 島原・島原城
 島原→雲仙多良シーライン→佐賀城
 佐賀→三池炭鉱→道の駅 泗水

6日目
 熊本・道の駅 泗水→熊本城
 水前寺成趣園→球磨川
 球泉洞
 球磨→鹿児島

7日目
 鹿児島・多賀山公園→霧島神宮
 鹿児島市内・仙巌園→南州公園→鹿児島城跡
 鹿児島・知覧平和公園
 鹿児島・指宿

8日目
 鹿児島・山川港→フェリー→根占港
 鹿児島・佐多岬
 鹿児島・鹿屋航空基地
 宮崎・鵜戸神宮→極楽の湯→道の駅つの

9日目
 高千穂 1 高千穂峡
 高千穂 2 高千穂神社 天真名井
 高千穂 3 天岩戸神社 天安河原
 阿蘇→筋湯温泉→大分・湯布院

10日目
 大分・湯布院→九重夢大吊橋
 大分・宇佐神宮
 大分・中津 中津城→耶馬溪
 福岡・英彦山神宮
 福岡・小倉→愛媛・松山
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