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夏旅 5 九州旅 5日目 3 島原・島原城
2017 / 10 / 05 ( Thu )


島原の乱の舞台・原城跡を散策したあと、一気に北上しました。

出発直前、一応、天草航路をチェックしたのですが、
やはり、台風により、終日欠航とのことでした。

当初、船で天草に渡り、島から島へ橋伝いに熊本に上陸するつもりでした。

でも、あいにくの台風12号大接近中。

島原→熊本は、船なら30分で渡れちゃうんだけどね。

今日中に熊本入りしたくば、島原湾の海岸線に沿って延々、走ってくしか術はありませんでした。

まぁ、島原にもう一泊して、朝一の船に乗るってことも考えたけど。

雲仙温泉・小地獄温泉には何度でも入りたかったし。

でも、いろんなものをさっぱりあきらめて、熊本まで大迂回スタートです。

とは云え、道沿いになにもないわけじゃありません。

寄り道しながら、熊本入りすることにしました。


ひとまず、来た道を戻りましたが、ちょっとでも違う道を走りたいと思うのが旅人の常。

違った景色を求め、雲仙岳の山腹を横切る広域農道をチョイスしました。

経験上、山裾を横切る道は、自然豊かで、木立の間からときどき顔を覗かせる一瞬の景色にハッとしたり、
ドライブやツーリング向きな道だったことが多いから。

南島原市街で左折し、雲仙岳に向かって坂道を上りました。

標高150mくらいまで上り、そこからゆっくり、農地拡がる雲仙のゆるっとした斜面を下って行きました。

原城跡まで走った海っ端の国道に比べたら交通量も少なく、快適でした。

しばらく走ったところで、昨夜、車中泊した道の駅にあったモニュメントが、一瞬、見えました。

いつかまた、戻って来られる日が来ることを願って一瞥してお別れ。

途中、お弁当が主体らしいお店の前で一時停止したくらいで、島原市街までほぼほぼノンストップ。

海っ端の国道と合流後、昨夜、ほか弁を買った店の前を通り、市街地入りしました。

これまでの農村風景とは一転、急に街が出現した感じでした。


熊本までの大迂回中、何カ所か寄り道してくつもりでした。

そのひとつめが、島原市にある島原城でした。

カーナビに従って国道を逸れ、城跡へ向かいました。

ちょこっと坂を上ると、お堀の角に出ました。

駐車場を探してしばし、うろうろ。

入城口に料金所があり、城の中までクルマで入れるようになっていましたが、外の別の駐車場に駐めました。

傘がいらないくらいの小雨で、折り畳みの傘を一応持って城に向かいました。



お濠越しに見た島原城、想像以上のスケールでびっくり。

 真っ白い「巽の櫓」と天守。


その足下の石垣が素晴らしい。


巽の櫓下のお堀は一面、ハスに覆われていました。

 ハスの花。

思い起こせば、秋田の久保田城のお堀もハスだらけだったなぁ。


県庁舎の前に、飲める湧水がありました。

ひしゃくがあるだけで、どこにも飲めるとは書かれてなかったけど、
タクシーの運転手がごくごく飲んでたので、僕も渇きを癒やさせてもらいました。

 角を曲がって入城口へ。

 水が張ってある堀は、南側だけみたい。

長崎県指定史跡 島原城跡 平成28年2月18日指定

 島原城は、島原半島東部に位置し、雲仙普賢岳からのびる低丘陵上に築かれた近世城郭である。
元和4年(1618)に松倉重政が着工し、寛永元年(1624)頃に主要部分が成立したとされる。
中心部は、本丸・ニノ丸・三ノ丸が南北に並ぶ構造で、その北側には家臣団屋敷を取り込んだ外曲輪を構えて城の外郭線を形成している。
敷地全体の規模は、東西約350メートル、南北約1200メートルで、平面は長方形を基調としている。
島原藩の政庁として存続した後、明治6年(1873)の廃城令で城地は民間に払い下げられ城の建物は解体された。

 中世から続く森岳城跡を踏襲し構築された城郭で、江戸時代に幕府が新規の築城を原則禁止していた中で、島原城跡は全国でも数少ない新設の城郭であった。
その内部構造は極めて特徴があり、大手ロから本丸に至るまでの複雑な城道や30基を越える外曲輪の櫓群など、防御を意識した堅固な遺構が残っている。
また、本丸の入りロなどには、桃山時代からの伝統的な様式の巨石石垣が認められる一方、各曲輪の高石垣には江戸時代前期の先進的技法を見ることができ、築城技術の転換期の様子が良く残っている。
県内の藩庁として機能した五城(島原市島原城・対馬市金石城・平戸市平戸城・五島市石田城・大村市玖島城)の中では、敷地面積や櫓・門数、建築・石垣の規模の点で最大の城郭である。

 指定範囲は、本丸跡、ニノ丸跡、大手ロ跡の一部、外曲輪の屋敷跡(小早川邸)である。

長崎県教育委員会 島原市教育委員会




島原城内への入口、観光用の入口で、クルマごと城内へ入れちゃうのでした。

入口の料金所はクルマ向けのもので、天守の入城料は天守入口にあります。

 西の櫓を見上げながら土橋を渡ります。

 土橋の北側の堀には水がありませんでした。

 クランク状に曲がって本丸へ向かう車道。
左右の石垣は車道整備したときに築かれたもの、カーブも近世的。

 天守の真っ正面に出ました。

広々とした本丸は、ほぼアスファルト舗装され、駐車場になっていました。

 四角錐状に整然と屋根を重ねた天守のフォルム。


石段を上がって、入城口へ。

雨宿りするかのようの、侍の扮装した女性ボランティアが迎えてくれました。

最近、各地のお城に登場している、おもてなし隊の島原バージョン。

 島原城は、昭和に復元された鉄筋コンクリート製の模擬天守です。
入ってしまえば、ビルと似たような内装です。

まず、最上階まで上がって、下りつつ、展示品を見ていこうと思います。

 どんどん、階段を上がって、

5階、最上階に到着。

最上階は巡り縁があり、外に出ることができます。

まず、北の眺めから。

続いて東。

西のパノラマ。

最後に南。

雲仙岳の手前に立ちふさがるような大きな山容があります。

このお山、眉山は、江戸時代、雲仙岳の火山性地震により、山体崩壊を起し、
それが原因で津波を発生させ、「島原大変肥後迷惑」と記述される災害を発生させました。


3億4000万立方メートルに上る大量の土砂が島原城下を通り、
有明海へと一気に流れ込んだと云われています。

この時の死傷者数は約5000人と云われ、それが、「島原大変」です。

大量の土砂は有明海に10m以上の高さの津波を発生させました。

対岸の肥後・熊本には4〜5メートルの津波が襲い、死傷者数は5000人に及び、これが「肥後迷惑」です。

津波は跳ね返り、再び島原を襲います。

島原大変肥後迷惑の死傷者数は、行方不明者含め、1万5000人に及び、
日本の火山災害史上、最悪でした。


駐車場を見下ろして。


では、下りながら展示資料を見学して行きます。


4階は、休憩室と観光物産コーナー。


3階は、民俗資料館。


大筒や見事な屏風絵がありました。

2階は、郷土資料。


武具甲冑、刀剣が数多く展示されています。

 武家のお道具も。

1階は、キリシタン史料館。


特にキリシタン信者が多かった長崎は、キリシタン弾圧が最も厳しかった地です。


信者か否かを見分けられる踏み絵も展示されていました。


信者らは雲仙温泉の地獄に連行され、苦痛が長続きするよう、
熱湯を少しずつ、かけられ、棄教や隠れ信者の告発を迫られました。

 島原の乱の戦地、原城攻防戦のジオラマもありました。


 顔出しパネル。


「島原城七万石武将隊」の女性たち。

外に出て、本丸を散策。

 天主の裏には、搬入口。

 民具資料館。

 島原出身の彫刻家、北村西望の記念館。

 西の櫓。


台風接近のおかげで、観光客がほとんどいなくて、静かに見学できました。

見学中についに雨が降り始め、折り畳みの傘を差しながら、駐車場まで帰りました。


つづく。


夏旅 5 九州旅 目次

1日目
 松山→

2日目
 小倉港→宗像大社→マリンワールド
 太宰府天満宮→佐賀神埼

3日目
 佐賀神埼→祐徳稲荷神社→長崎

4日目
 長崎・軍艦島
 長崎市内観光→水族館→雲仙→島原

5日目
 島原・道の駅 みずなし本陣ふかえ・土石流被災家屋保存公園
 島原・原城跡
 島原・島原城
 島原→雲仙多良シーライン→佐賀城
 佐賀→三池炭鉱→道の駅 泗水

6日目
 熊本・道の駅 泗水→熊本城
 水前寺成趣園→球磨川
 球泉洞
 球磨→鹿児島

7日目
 鹿児島・多賀山公園→霧島神宮
 鹿児島市内・仙巌園→南州公園→鹿児島城跡
 鹿児島・知覧平和公園
 鹿児島・指宿

8日目
 鹿児島・山川港→フェリー→根占港
 鹿児島・佐多岬
 鹿児島・鹿屋航空基地
 宮崎・鵜戸神宮→極楽の湯→道の駅つの

9日目
 高千穂 1 高千穂峡
 高千穂 2 高千穂神社 天真名井
 高千穂 3 天岩戸神社 天安河原
 阿蘇→筋湯温泉→大分・湯布院

10日目
 大分・湯布院→九重夢大吊橋
 大分・宇佐神宮
 大分・中津 中津城→耶馬溪
 福岡・英彦山神宮
 福岡・小倉→愛媛・松山
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