fc2ブログ



 2024 0112345678910111213141516171819202122232425262728292024 03  
夏旅 5 九州旅 6日目 2 水前寺成趣園→球磨川
2017 / 10 / 06 ( Fri )


本日の最終地点は、鹿児島市と決めていました。

鹿児島まで、昨日、走った距離とほぼ同じ180キロを走破しなければなりませんでした。

昨日は結局、日没までに熊本入りすることができませんでした。

あちこち、寄り道しすぎたせいですが。

熊本城のあとは「水前寺成趣園」に行くつもりでしたが、
昨日のことを思うと心が揺れました。

少しでも先を急ごうと、一気に南下するルートをカーナビに一度は入力はしたのですが、
お城から出て、銀座通りと呼ばれる賑やかな通りを走行中、
「水前寺成趣園まで3km」の案内看板を見て、気が変わりました。

しばらく市電沿いに走りました。

熊本の市電は、広島の市電のような2両編成も走っていて、
そこが松山の市内電車と違うところでした。


水前寺成趣園、通称・水前寺公園へ。

あらかじめ検索していた、公園入口に一番近い駐車場にクルマを駐めました。


くまモンがお出迎えする、お土産屋さんが軒を並べる参道。

震災前は石の鳥居があったそうです。

 公園入口。


入ってすぐ、くまモングッズだらけの売店をスルーし、時計回りに歩を進めると、
湧水池を取り囲む日本庭園が拡がりました。

向こう岸は、こんもりした土盛りが山並みのように連なり、それを覆う芝生の青さがとても美しかったです。


豊富な阿蘇の伏流水が水源の池は、とても透き通っていました。

この池も震災後、湧水が一時的に枯れ、干上がりそうになったそうです。

ひと月くらい経って徐々に水は戻り始め、地震で地下水脈、水の道が影響を受けたのでしょうね。


富士山にそっくりな土盛りがありました。

肥後細川藩の初代藩主・細川忠利が鷹狩の最中、清水が湧くこの場所を気に入り、
「水前寺御茶屋」を築いたのが始まりで、3代綱利が大規模な作庭を行い、桃山式の回遊式庭園を完成。

中国の魏晋南北朝時代の文学者・陶淵明の詩「帰去来辞」の一節から「成趣園」と命名されたそうです。


園内に立派なお社の「出水神社」があったのでお詣りしました。

西南戦争後の建立で、細川藤孝や細川ガラシャも合祀されてるそうです。


修復工事中だった拝殿で、2礼2拍手1礼。


御朱印、いただきました。


「長寿の水」と名付けられた湧水がありました。


再び、時計回りに散策再開。


小橋の向こうに富士山。

東海道五十三次の景勝をモデルに作庭されたとか。

当然、園内のお山には登れません。


園内には稲荷神社もありました。

 まっすぐな道。

 細川家中興の祖、細川忠利と藤孝の銅像。

 肥後細川藩の初代藩主・細川忠利像。

 室町幕府13代将軍・足利義輝から信長、秀吉、家康にも仕えた細川藤孝像。

空が大きく抜けて、まるで草原のように気持ちがいい一画。


一方で、うねうねと起伏した地形も見事。


うねる地形の間を歩ける道もあります。

 横になってゴロゴロ転がれたら気持ちがいいだろうなぁ。

入口側を池越しに見たパノラマ。

 木立の道。


細かいところまで手入れが行き届いた園内。

 能楽殿。

 水際からの道。

 空を映す水面。

 対面に出水神社。

 このベンチから望んだ、
パノラマ。

 入園口近くまで戻ってきました。


古今伝授の間と呼ばれる、細川藤孝に由来する、大正元年に京都から移築された萱葺の古民家がありました。


元々は、京都御苑の八条宮家の中に建てられ、幼少の八条宮智仁親王の御学問所として使用されてたそうです。

細川藤孝が八条宮智仁親王へ、「古今和歌集」の解釈の奥義を伝授したことが、名の由縁なんだとか。

隣にお菓子屋さんが営む、抹茶とお茶菓子をいただける茶店もありました。


ぐるっと一周して、水前寺成趣園の散策終了。


「くまもと復活祭」と銘打たれた自販機。


入園口から参道へ。

門前のお土産通りであれこれ物色。

旅行直前にテレビで見た辛し蓮根チップスを、
 こちらのお店で買い占めました。


今日のおやつ用に、熊本のローカル食、いきなり団子を買いました。

 大福にサツマイモが入ったいきなり団子と、サービスでくれたせんべい。


熊本市内観光は、水前寺成趣園で終わりです。

鹿児島に向かってクルマを走らせました。


僕が生まれてこの方、行ったことがある最南端は、高知の足摺岬でしたが、熊本と足摺岬は緯度が同じくらいだったので、
熊本から南に進むほどに、僕の最南端記録は塗り替えられて行きました。


宇城市から国道3号線を南下中だったと思いますが、歩道をキックボードで走行する少年を追い越しました。

「大阪からキックボードで日本一周中」と書かれた段ボールを腰に着けていました。

少年、日本一周できたのかなぁ。

それに比べて、僕なんか、足首をちょいと踏み込むだけで、急坂だろうが、100キロ、200キロ、どこまでも行けるのに、
疲れた、疲れたってぼやいてさ、なんて、軟弱者なんだろう…。


お腹が空いたので、イオンモール宇城に入り、フードコートで、
 熊本ラーメンをいただきました。


八代市からは、球磨川上流へ向かう国道219号線へ。


川をはさんで向こう岸を肥薩線の線路が通っていて、時折、列車とすれ違いました。

土日だったら、蒸気機関車のSL人吉号にも逢えたかも。


くねくね蛇行する球磨川に沿って走っていると、
 「ダムの撤去工事」の看板を発見。


日本で始めて、本格的なコンクリートダムの撤去工事が行われた「荒瀬ダム」でした。

老朽化によって維持費がかさみ、電力自由化の中でその費用を回収できるか、不安視される中、
水利権の更新手続きの問題もあって、知事が完全撤去を表明しました。

ダムができてから球磨川にアオコによる水質障害が確認されたりして、ダム反対運動も起こっていたそうです。


でも、撤去すると云っても、47億円もの費用が掛かり、工事は球磨川の宝・アユの生育にも配慮しなければならず、
底に溜まった泥や土砂の流出を許せば、生態系に悪影響を与えてしまうなど、
日本初のコンクリートダムの撤去工事は、撤去工法、環境対策など様々な面から注目されています。

 訪問時は大部分の堰堤が撤去されたあとでした。
国道側、右岸部の堤体を残すのみとなっていて、球磨川はダムに遮られることなく、流れ下っていました。


つづく。


夏旅 5 九州旅 目次

1日目
 松山→

2日目
 小倉港→宗像大社→マリンワールド
 太宰府天満宮→佐賀神埼

3日目
 佐賀神埼→祐徳稲荷神社→長崎

4日目
 長崎・軍艦島
 長崎市内観光→水族館→雲仙→島原

5日目
 島原・道の駅 みずなし本陣ふかえ・土石流被災家屋保存公園
 島原・原城跡
 島原・島原城
 島原→雲仙多良シーライン→佐賀城
 佐賀→三池炭鉱→道の駅 泗水

6日目
 熊本・道の駅 泗水→熊本城
 水前寺成趣園→球磨川
 球泉洞
 球磨→鹿児島

7日目
 鹿児島・多賀山公園→霧島神宮
 鹿児島市内・仙巌園→南州公園→鹿児島城跡
 鹿児島・知覧平和公園
 鹿児島・指宿

8日目
 鹿児島・山川港→フェリー→根占港
 鹿児島・佐多岬
 鹿児島・鹿屋航空基地
 宮崎・鵜戸神宮→極楽の湯→道の駅つの

9日目
 高千穂 1 高千穂峡
 高千穂 2 高千穂神社 天真名井
 高千穂 3 天岩戸神社 天安河原
 阿蘇→筋湯温泉→大分・湯布院

10日目
 大分・湯布院→九重夢大吊橋
 大分・宇佐神宮
 大分・中津 中津城→耶馬溪
 福岡・英彦山神宮
 福岡・小倉→愛媛・松山
関連記事

02:00:00 | コメント(回答)(0) | page top↑
夏旅 5 九州旅 6日目 1 熊本・道の駅 泗水→熊本城<<古い方< 最新記事 >新しい方>>夏旅 5 九州旅 6日目 3 球泉洞
コメント
コメントの投稿














←管理人以外は読むことができないメッセージにしたい場合はチェックを

コメントいただくことは、とてもうれしいことです。

ありがとうございます。

けれど、「送信」ボタンを押す前に、いま一度、読み返してみて下さい。

「よく読んでもらえば分かる」

「行間を…」

それを、顔の見えない相手に望んでも、なかなか叶うものではありません。
字面しか、判断材料がないのですから。

当方の記事にお怒りの場合も、大人な対応で、
ぜひともよろしくお願いします。 <(_ _)>

一時の怒りにまかせて書いた文章は、パワーはあっても、
意図が通じなかったり、違う意味に取られたりすることもあります。

感情的なときこそ、冷静で。

でも、お山でも町でもメールでも、自分がイヤなことは他人にしてはいけません。


あと、「バカ」「アホ」「変態」「狂」...
使い用によって他人を不愉快にさせるワードは投稿不可となっています。


当ブログは一個人のブログです。
コメントの削除や受信拒否の設定をする・しないも、私個人の勝手です。
不愉快なコメントは、ばっさり、削除します。

違う意見を持つ人と共存できないクレーマーやヘイトと判断したら、
即、ブロックします。


相手が聞く耳を塞いだら、どんなに正論でも、一生届くことはないでしょう。

いろいろ、すみませんが、ご了承下さい。

夏旅 5 九州旅 6日目 1 熊本・道の駅 泗水→熊本城<<古い方< 最新記事 >新しい方>>夏旅 5 九州旅 6日目 3 球泉洞