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夏旅 5 九州旅 7日目 1 鹿児島・多賀山公園→霧島神宮
2017 / 10 / 07 ( Sat )


夏の九州旅行もついに7日目の朝を迎えました。

鹿児島市内にある、海の近く、山の上にある多賀山公園で迎えた朝は、気持ちのいい朝でした。

6時過ぎ、今朝もまた、朝ぼらけで自然に目が覚めました。

クルマから出て、洗顔ついでに公園を散歩しました。

 こっちは公園入口、第2駐車場。

 第2駐車場と第1駐車場の間に、
 「肝付兼重御奮戦之跡」。
肝付家は、平安時代以降、大隅半島を治めていた豪族で、南北朝時代の当主・兼藤の子・兼重が、
ここにあった東福寺城に立てこもり、島津軍と8ケ月にも渡って奮戦したんだそう。

多賀山公園は、東福寺城跡にできた公園なのでした。


こちらが、第1駐車場。

 昨夜、夜景デートに来たらしいカップルが歩いて行った方へ登ると、

可愛い野良猫がお出迎えしてくれました。

 夜中ずっと見廻りしてたのか、眠そうで無愛想だったけど、
いい子なでなでさせてくれました。


階段の上の広場。

広場の一角に、ただならぬ、立派な石碑がありました。


近づいてみると、東郷平八郎元帥のお墓でした。

司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」で、連合艦隊司令長官に任命された東郷は、
松山出身の秋山真之を連合艦隊参謀として招聘し、作戦立案を一任しました。

ドラマでは、「昼行燈」などと陰口を叩かれることもあった東郷を渡哲也さんが好演しましたね。

ロシアのバルチック艦隊を破り、一躍、英雄となった東郷は、ここ、鹿児島の出身だったんですね。

東郷墓地と多賀山公園

「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」

 1905年(明治38)旗艦三笠にZ旗がひるがえり、日本海海戦の火ぶたが切っておとされました。
東郷平八郎は連合艦隊司令長官としてこの海戦を指揮。
丁字戦法によって無敵のロシアバルチック艦隊を全滅させたのです。

 1847年(弘化4)加治屋町に生まれ、15歳で薩英戦争に参加。
イギリス海軍の力を目のあたりにして、強い海軍を人生の目標とした少年は、イギリス留学を振りだしに海軍の増強につくし、世界の名将といわれるまでになりました。
墓所として多賀山が選ばれたのはこの地が鹿児島港に入る艦船から真正面に見える位置にあることと、東郷を海軍に進ませた薩英戦争の遺跡砲台跡を真下に見る場所であったからです。
晩年、東宮学問所総裁をつとめた東郷元帥は、1934年(昭和9)88歳で亡くなり、国葬によって多摩墓地(東京)に埋葬されました。
多賀山には元帥の遺髪が葬られ、銅像が建てられています。

 多賀山は、島津氏が鹿児島郡司矢上氏の一族、長谷場氏を攻め落とし居城とした東福寺城跡の南にあたる山で、山上からは鹿児島市中心部のほぼ全域が望めます。

 島津家第16代義久が、寿命の神として祀らせた多賀神社(本社 滋賀県)からこの名がつきました。





人ひとりが登れる狭い階段を登った、小山の上に、

東郷元帥の銅像がありました。

死後、東郷元帥は神格化され、なんと、「東郷神社」に神として祀られました。

東郷神社は2社、東京の渋谷と福岡の福津に建立されました。

東郷自身は「やめてほしい」と強く懇願していたそうですが。

遺骨が眠る墓所は、東京の多磨霊園にあるそうです。

こちらも、東郷は、母親の益子の眠る青山墓地への埋葬を希望していたそうです。

ついでに、肉じゃがを考案したのも東郷だと云われています。

イギリスで食べたビーフシチューを、海軍の料理長に無茶振りして、できたのが、いまで云う肉じゃがだったとか。


東郷さんが見ている景色。


今朝の桜島は、まだ雲のお布団をかぶったまま。

 広場に戻り、
市街地方面を遠望。

 麓には、石橋を移設保存した石橋記念公園。

昨日の夕方に訪れた城山も見えました。

 海側の階段を降りる途中、雲間から朝陽が顔を出しました。


桜島の肩から顔を出した太陽。

鹿児島も港町。
汽笛が遠く高く、このお山の上まで聞こえてきました。


桜島航路の船が出航していくところでした。

青空がのぞき始めた鹿児島の朝の空はとても清らかでした。

今日こそ、旅日和な一日になりそうです。


クルマに戻り、身支度を調え、公園を後にしました。


今日、最初の目的地は、霧島神宮です。

昨夜、横になってしばらくの間、まあまあ、悩んで決めた場所です。

当初の予定では、明日、8日目に立ち寄るつもりでしたが、
明日も旅程がぎっちぎちに詰まっていて、
御朱印がいただける夕方までにたどり着けないんじゃないかと気がついたわけで。

だったら、朝イチで参拝して、市内観光はそれからでもいいかな…。

と、決めた次第です。


昨日走った国道10号線の海岸線を北へ戻りました。


姶良を過ぎて霧島の町に入ると、そこからはみな、初めて見る景色。

途中、通勤通学渋滞に巻き込まれ、もたもたする場面もありましたが、
市街地を抜けてからは順調に霧島山に向かって走ることができました。


鹿児島市内から1時間半くらいかかって、霧島市にある霧島神宮に到着しました。


全国で24社しかない「○○神宮」である霧島神宮。

さすがに境内に至る道路すら、左右に巨木が立ち並び、木漏れ日からも厳かな雰囲気が伝わってきます。

 大鳥居に迎えられました。

 見上げるほどに立派な大鳥居。

そのまま、大鳥居をくぐり、まっすぐ上っていくとロータリーがあり、時計回りに回ってから右折。

坂の終点にある、真新しく見えた大駐車場、一番、参道に近いところにクルマを駐めました。

少し先にキャンピングカーが駐まってました。

もしかしたら、この駐車場で車中泊し、朝を迎えたのかも…。

…と思ったんですが、あとで調べてみたら、やはり、夜10時以降は駐車禁止だそうで、
大鳥居横の観光案内所の駐車場に移動させられた、そんなブログが見つかりました。

それでも、霧島の道の駅よりは静かでよかったそうです。



物販や観光案内所、公衆トイレなどのある施設の前を通って、
 参道へ。
細かい玉砂利が足の下でさらさら鳴って、気持ちのいい道。


あまり、凜々しくない坂本龍馬とお龍のイラスト看板がありました。

龍馬は、寺田屋事件で幕府の捕り方に急襲され、深手を負い、薩摩藩邸に収容されました。

西郷の勧めでお龍と共に薩摩に亡命、ここ、霧島温泉でも湯治療養生活をおくりました。

龍馬とお龍の旅は、日本最初の新婚旅行とも云われています。

霧島神宮を参拝し、高千穂峰に登った際は天の逆鉾を引っこ抜き、
その様をイラスト付きで手紙にしたためてもいます。


龍馬型のうしろの展望所と方位盤。

空気が澄んでたら、桜島も見えたのかな。

振り返り、いざ、神宮へ。
写真左の建物は、社務所や客殿。

 ゆったりとした大階段。
じわりじわりと神域に足を踏み入れていく、そんな不思議な感動。

 階段の上、真っ赤な鳥居から、

本殿に向かってまっすぐ、石畳の参道が延びています。

枯れ葉ひとつ落ちてない、キレイに掃き清められた参道を歩いている自分の、
半袖半ズボン、スポーツサンダル、ラフすぎる格好が場違いだったと、
ちょっと恥ずかしい気持ちになってみたり。

 本殿前境内に到着。

周囲を巨木に護られるように居並ぶ朱塗りの社殿たち。

観光客はまだ少なめな感じで、ゆっくり手を合わせることができそう。

 手水舎。

左はお守り授与所など。


参拝者が途切れるのを数分待ってから、
 心静かに、2礼2拍手1礼、合掌。

巨木に取り囲まれた境内。


拝殿の裏、本殿に通じる階段。


御朱印もいただきました。


本殿右の木立の奥、広大な広場の奥に建つ神楽殿。

あっちの方からも駐車場に戻れるみたいでしたが、往きと同じ大階段で下りました。

なんとも清々しいお宮でした。

もう少ししたら、観光バスがひっきりなしにやって来て、たくさんの願い事で満ちるんだろうなぁ。

参拝客で混んでたら、清々しいなんて、思えなかったかも。


駐車場にある休憩所兼お土産やさんに立ち寄り、霧島神社の名物、ニッキのきいたお餅をぱくぱく試食。

生八つ橋に似てるような…な味で美味しかったぉ。


鹿児島市内に戻るべく、出発。

 最後にもう一度、大鳥居の前で合掌。

もう一度、来られますように。


つづく。


夏旅 5 九州旅 目次

1日目
 松山→

2日目
 小倉港→宗像大社→マリンワールド
 太宰府天満宮→佐賀神埼

3日目
 佐賀神埼→祐徳稲荷神社→長崎

4日目
 長崎・軍艦島
 長崎市内観光→水族館→雲仙→島原

5日目
 島原・道の駅 みずなし本陣ふかえ・土石流被災家屋保存公園
 島原・原城跡
 島原・島原城
 島原→雲仙多良シーライン→佐賀城
 佐賀→三池炭鉱→道の駅 泗水

6日目
 熊本・道の駅 泗水→熊本城
 水前寺成趣園→球磨川
 球泉洞
 球磨→鹿児島

7日目
 鹿児島・多賀山公園→霧島神宮
 鹿児島市内・仙巌園→南州公園→鹿児島城跡
 鹿児島・知覧平和公園
 鹿児島・指宿

8日目
 鹿児島・山川港→フェリー→根占港
 鹿児島・佐多岬
 鹿児島・鹿屋航空基地
 宮崎・鵜戸神宮→極楽の湯→道の駅つの

9日目
 高千穂 1 高千穂峡
 高千穂 2 高千穂神社 天真名井
 高千穂 3 天岩戸神社 天安河原
 阿蘇→筋湯温泉→大分・湯布院

10日目
 大分・湯布院→九重夢大吊橋
 大分・宇佐神宮
 大分・中津 中津城→耶馬溪
 福岡・英彦山神宮
 福岡・小倉→愛媛・松山
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