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宿毛ダムカード旅 3 中筋川ダム 紫電改保存館
2017 / 11 / 19 ( Sun )
横瀬川ダムから林道を引き返し、山奈地区の田園地帯も、
ずっと往きに走ったルートをたどり戻って、

石碑のある丁字路を左折したところから、走ったことがない道。


道なりに走って、国道56号線と合流。

 宿毛市街方面に右折します。


ローソンのある信号交差点を左折します。


ダムまで一直線。


くろしお鉄道宿毛線の高架をくぐると、右に平田駅。

国道から約4km、お山に向かって走ると、

トンネルの手前を右に入る形で中筋川ダムの入口があります。

 脇道に入るとすぐ、中筋川ダムが見えました。


トンネル手前の案内に描かれていたお遍路さん向けの屋根付き休憩所があります。


休憩所から見た中筋川ダムの下流側の顔。

 表面が階段状になっていて、洗濯板みたい。

 堤上の入口。

 左に管理事務所、正確には、管理庁舎。

 右にモニュメント。


ダムの銘板のほか、周辺の観光案内、中筋川流域の公園の情報など。


一昔前の野球場の外野席みたいな、階段状の構造は、「ステップ形状」と云って、
オーバーフローした水の勢いを弱め、滝のような流れを醸し出すんだそうです。

1段の高さは75cmで、全部で85段あるんだそうです。

 堤上は大型車が通れるくらい、余裕があります。


上流の眺め。

ダム湖は「蛍湖」の愛称で呼ばれています。

 この夏は雨が少なかったから、水位も下がり気味。

 下流側。



オリフィスゲートのスロープは乾いていました。

 向こう岸にはミニ公園があるくらいでした。

向こう岸から。


上流側の顔。


ダム湖周辺に生息するホタルをいつまでも見られるようにと、
「蛍湖」には、そういう願いが込められているそうです。


オーバーフローした水が滝のように流れている様を見てみたいなぁ。

 引き返して、管理庁舎を訪ねました。
訪問時は土曜日で、職員さんたちはお休み、
庁舎は静まりかえり、玄関の不要な照明は消されて薄暗かったです。

 玄関入って右に、PR展示。


旧本川村の大橋ダムにあった四電エネルギープラザ本川みたいな展示で、

中筋川ダムの成り立ちや構造、

ダムの役目などについて、

小学生の社会科見学に最適な施設となっていました。

さて、中筋川ダムのダムカードはこちらでいただけますが、
さっき訪ねた横瀬川ダムのダムカードも、土日祝日に限っては、
こちらでいただけることになっています。

インターフォンを押して、カードが欲しい旨を告げると、
なにか、的を得ない感じの返答が返ってきました。

いつもと違う雰囲気がして、玄関で待っていると、
足が不自由な人がダムカードとアンケート票を持って来られました。

ちょっと申し訳なかったです。


と云うわけで、ダムカードの旅は終わりです。


で、ここからは、松山まで帰る道中の、また、おまけ旅です。


帰路は国道56号線を使って帰ることにしました。

宿毛市街に出て、愛南町へ、そして宇和島へ。

十数年ぶりの宿毛市街は、懐かしいと思う間もなく、通過しました。

県境を越え、同じく十数年ぶりの一本松町へ。


気になって立ち寄ってみた、一本松温泉あけぼの荘。

 温泉かぁ、入ってみたいなぁ。


愛南町のゆるキャラ「なーしくん」、カツオが尻尾に噛みついてます (^_^)


この時点で午後4時前。

実は今日はお昼ご飯をまだしてませんでした。

愛南町御荘にジョイフルがあるので、そこで、と思いましたが、
その前に、是非、立ち寄りたい場所がありました。

南レクの馬瀬山頂公園にある「紫電改保存館」です。

予定通りに、ダムカード旅を終えられたら、帰りに寄れるんじゃないかと思ってたんですが、
閉館時間にぎりぎり、間に合いそうでした。

道の駅「みしょうMIC」手前の交差点を、海中公園・西海半島方面へ左折。

尾根へ駆け上がる西海道路を数分走ると、

道路の左右に広い駐車場が拡がる、その右側の駐車場の一角に、

紫電改保存館がある「馬瀬公園」の入口があります。

 擬木の陸橋をくぐり、更に上ると、

紫電改保存館があります。

 夕方5時が閉館時間だったので、
ぎりぎり間に合うことができました。

紫電改が見たかったのは、ミリタリーおたく、だからではなく、
小説『永遠の0』を読んでから、太平洋戦争当時の戦闘機乗りの生き様に惹かれるようになったからです。


館の中央に、修復された紫電改が鎮座していました。

この紫電改は、旧城辺町久良湾の海底40mから34年ぶりに引き揚げられた機体です。

地元ダイバーによって発見されたのが、昭和53年11月、
引き揚げられたのが、翌年7月14日でした。

当時のことは、おぼろげながら覚えています。

連日報道されてましたから。

 ゼロ戦に代わる新鋭機として開発され、
 ゼロ戦では軽視された防弾装備を搭載し、機動性能もアップ。


けれど、実戦投入が終戦間際だったため、戦局を好転させることはできませんでした。


量産されることなく、戦後を迎え、アメリカ軍が本国に持ち帰った3機のほか、

日本国内には、この引き揚げられた機体しか現存していません。


長年、海中に沈んでいたため、防風ガラスも機体の鉄板も、
よく見るとぼろぼろです。

 紫電改は特攻には使用されませんでした。


なので、機体を取り巻く四方の壁の展示は、知覧の特攻平和会館のような、
自然に涙がこぼれてしまうような展示品はありません。

現在の松山空港にあった松山基地で編成された第三四三海軍航空隊、
通称「剣」部隊に関する資料や、
機体を引き揚げた当時のニュース記事などが主でした。

 紫電改とプリントされたTシャツや手ぬぐいは気になったけど、
買うまでには至りませんでした。

閉館15分前くらいに外に出ました。


その後、同じ公園にある、
 宇和海展望タワーを見学に行きました。

徒歩で、数分、登ったところにそびえてます。

 展望タワーは、

中央のポールを、ドーナツ状のゴンドラが登っていくアトラクションのようなものです。

 展望タワーのある場所は山の上なので、

見晴らしがとてもいいです。

 タワーに乗れば、もっと見晴らしがよかったんでしょうけど、
最終の時間には間に合ってましたが、
乗車料金と乗車時間が気になってやめました。

 顔出し看板。


愛南町の街並みを見下ろして。


下山後、道の駅「みしょうMIC」に寄り道し、
もう当分来ないだろうと思い、記念に、「道の駅記念きっぷ」を買いました。

道の駅記念きっぷは、ずっと前から知ってたけど、
すべての道の駅で取り扱っているわけじゃないので、買わないでいました。

でも、みしょうMICには当分来ないと思っていたので、
なんか、買うなら、いまでしょ、な気持ちになっちゃって、手を出しちゃいました。


このあと、すぐにジョイフルに飛び込んで、ご飯しました。

食後はもう、夕暮れが迫っていて、宇和島を通過する頃はすでに日没。

結局、夜道を松山まで帰りました。

家に着いたのは夜10時過ぎでした。

(原付で)宿毛でも日帰りできるんだと、改めて思った日でした。


でも、このあと、1ヶ月も経たないうちに、また、愛南町を訪れることになろうとは、
このときは思いもしませんでした。

今度行くのは何年後かなぁ、なんて、このときは暢気にしてたのに…。

そのお話は、また、今度、します。
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